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ビートルズ来日公演 今ではあり得ない逸話の数々 小倉智昭のザ・ビートルズとっておき(2)

2016/9/27

来日したビートルズが着ていたあの有名な法被のレプリカも所有。「もったいなくてさ、まだ一度もそでを通していないのよ」(東京・六本木のライブハウス「アビーロード」)

1966年6月29日~7月3日、ついにザ・ビートルズが来日。キャスター、小倉智昭さん(69)は伝説となった日本武道館(東京・千代田)でのコンサートに2度、足を運んだ。キャーキャーという嬌声(きょうせい)にかき消され、何を演奏しているのかわからないほどだったが、「本当に4人が来た!」と興奮しっぱなしだった。ハプニングが続出した初日のステージの様子は、いまなお鮮明によみがえるという。(聞き手は企業報道部次長、松本和佳)

――コンサートのチケットはどうやって手に入れたのですか。

「浪人生のときでした。6月30日、7月2日の2回行けたんです。初日はライオン歯磨の懸賞の景品で、親や姉の名義も使って応募したら当たりました。2日のチケットは、厚生年金会館かどこかでやっていた『夢見るシャンソン人形』を歌うフランス・ギャルのコンサートに行ったとき、会場で追加公演のチケットが売られていたので、すかさず買ったものです。一番安い席で1500円、高い席が3000円くらい。お小遣いが許せば全部買いたかった。みんな『高いから行けない』って言っていました」

「日本でレコードを販売していた東芝EMIは、シングルをリリースする順番を英国とは変えていた。日本は新曲が出るのが半年以上遅れていたけど、66年は人気の絶頂期。一番ヒットしていたのが『抱きしめたい』でした。早く来てくれないかな、とずっと思っていましたよ。来日情報は直前の5月に新聞で知ったんです。30日、日本武道館に到着するとすごい人。アリーナは今のように客席ではありませんでしたが、7000~8000人くらいが会場を埋め尽くしていました」

――意外にも観客の行儀が良かったようですね。

「事前の放送がおかしくてね。『みなさん、たいへん長らくお待たせしました。待望のビートルズ公演です。立ったりせずお席のところでお願いしたいと思います』なんていう。それで、キャーキャーと声はすごかったけど、立ち上がったりはしない。司会のE・H・エリックさんが出てきて、さあ、いよいよ……と思ったら、まだ始まらない」

――まずは前座の演奏がありました。

「いま映像を見ると笑っちゃう。エリックさんが『いよいよ開演でございます。その前に、彼らに負けない日本の素晴らしいプレーヤーをお迎えします。よろしくご声援のほど。きょうは日英競演の絶好のチャンスです』と紹介すると、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、ブルージーンズと次々出てきた。♪ウェルカム ビートルズ きょうこのとき ぼくらは待っていたのさ―♪なんて特別な歌も歌って。当時の日本のロックンロールをけん引していた内田裕也さん、尾藤イサオさんのほかザ・ドリフターズが舞台に上がり、望月浩さんの歌謡曲もあった。結局1時間近くやって、ブーイングが出始めた」

――そして、やっと4人が登場。ハプニングが次々と……。

「『みんなのアイドル。輝く英国、4人の若者』って紹介されて登場。歓声にかき消されて何が何だか分からない。ただ、間違いなくビートルズが目の前にいる。びっくりしました」

「それにしても30日はひどかったな。まずマイクスタンドの首がぐるんぐるん回って歌いにくい。前座のブルー・コメッツのスタッフがねじを止めていなかったからで、ポールなんか最後は怒っちゃうわけ。3曲目の『恋をするなら』でジョージがギターを変えてアンプにジャックを差し込んだとたん、すごいノイズがボーンって出て、音が急に小さくなった。電圧の切り替えをちゃんとしていなかったみたい」

「演奏全体も何かレコードと違っていた。半音下げて調弦していたことが後で分かりましたよ。テレビ中継があったから、声が出ないとまずいって判断したようでした。結局、中継したのは音が最悪の初日だったわけです。2日に行くと、次の公演場所のフィリピン用のアンプを急いで取り寄せたらしく、いい音になっていました」

――でも満足度は最高だったと。

「どの公演も前座に比べてビートルズの演奏はたった40分くらい。11曲やったといっても、すべてがショートバージョンなんですよ。レコードよりも短い。え? イントロなし? そこから入るの? もう終わっちゃうの? という感じでした。アンコールもなくて、『以上をもちまして、ビートルズ公演を終了いたします』という場内放送で終わってしまう」

「でも僕は、ああ本物だ。音なんか悪くても見られればいい。そんな気持ちでした。生の演奏はレコーディングよりもうまくはないに決まっている。ポールだってベースの弾き方が違っていた。『デイ・トリッパー』なんて歌詞を忘れたんだから。『ベイビーズ・イン・ブラック』はすごくテンポが遅い。リハーサルをちゃんとやっていなかったんだね。でも、いいや、と思っていましたよ。左利きのリンゴが右利きセッティングのドラムスをたたいているとか、たくさん発見がありました」

手前は来日公演当時の本物のチケット。コースター(中)や人形(中右)はロンドン五輪の取材時に見つけた。珍しいビートルズグッズにも目がない

――来日公演は新聞、テレビで報道され、社会現象となりました。

「すごかったよね、来日報道。NHKがドキュメンタリーをやりました。メンバーは日本滞在中、ほとんど東京ヒルトンホテルと会場との往復だったようです。お忍びで皇居の方にいったら写真に撮られてしまうなど、隠れて何かするとすぐ新聞に載っちゃった。いつもカメラに追い回されていました。演奏を“雑音”扱いするひどい新聞報道もあって、なぜ今の若者は熱狂するのか、とかメディアの反発も呼びました」

「当時、ビートルズよりもローリング・ストーンズが好きだっていう人が結構いました。音楽好きの間ではビートルズ派とストーンズ派に二分。女の子が騒ぐのに対抗したいというか、『ロックはストーンズ』みたいなこともいわれてました。でも、何がどうあったってビートルズはかっこいい。そして文化をすべて変えていくんですから」

おぐら・ともあき 1947年秋田生まれ。独協大仏語学科卒、71年日本科学技術振興財団テレビ事業本部(現テレビ東京)入社。77年にフリーとなり「世界まるごとHOWマッチ」のナレーションが話題に。現「とくダネ!」(フジテレビ)キャスター。
ザ・ビートルズ(ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター)来日公演 1966年6月30日~7月2日、日本武道館(東京・千代田)で昼夜5回にわたって開かれ、約5万人の観客が詰めかけた。武道館初のロック・コンサートとなる。世界ツアーはドイツから始まり日本は2番目。日本公演の後はフィリピンへ向かった。

「小倉智昭のザ・ビートルズとっておき」は9月26日(月)から29日(木)まで4回シリーズで公開します。

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