「実際の昭和を知らない大学生にも、戦争の悲惨さを伝えたい」――。女優の五大路子さん(63)が横浜に実在した娼婦をモデルにした独り芝居を通じ、大学のゼミとの交流を始めた。芝居を続けて20年。真白い化粧をほどこして横浜の繁華街に立ち続けた「メリーさん」を演じることによって、彼女が振り回されてきた戦争の理不尽を訴えてきた。「これからも伝え続けるためには、世代を超えた交流が欠かせない」。五大さんの姿は、無言で立ち続けた白いドレスのホームレスの女性の姿ともどこか重なる。
「えー、みんな実在のメリーさんを知らないのね」。6月下旬、横浜市中区のビルに集まった立教大のゼミ生23人を前に、五大さんが驚きの声を上げた。この日は五大さんがメリーさんの足跡をたどったドキュメンタリー映像を鑑賞、五大さんからこの芝居を続ける意義などについて説明を受けた。
「彼女から想像できないほどの苦しさを感じた。すべてを引き受けて生きていく覚悟があったのだと思う。見た目(の奇抜さ)だけでなく、そうしたところがみんなに受け入れられたのではないか」。ゼミ生の一人の女子大生(21)は芝居に対する思いへの感動を伝えた。
別の男子ゼミ生(21)も「ドキュメンタリー映像を見ただけでは彼女が背負った時代背景がわからなかった。同じ時代を生きた女性を題材にしていることが五大さんの話でわかった」と話す。「遠い昔の話でなく、彼女の生きざまを新しい視点で知ることができた。こうしたことに関心を持たない私たちの世代に考えるきっかけをもらった」との女子大生の意見もあった。中には感極まって言葉に詰まる女子大生も。
芝居で演じる「『横浜ローザ』赤い靴の娼婦の伝説」はメリーさんだけでなく、当時の様々な境遇に置かれた女性を題材にする。劇中の「ローザ」は「様々な戦争被害に遭っている女性の集合体です」。五大さんは説明する。現在でも中東やアフリカなどで生まれている難民の女性らとも運命を重ね合わせる。「戦争や紛争で被害を受けるのは立場の弱い女性」という現実は時代を超えて起きている悲劇でもある。
ゼミ生にはメリーさんが横浜から姿を消した1995年以降に生まれた学生も多い。メリーさんがこの世を去ってから10年以上の時が流れた。「すでに昭和の時代ですら歴史上の記録。彼ら彼女らの親の世代の事実に触れることで、その先の理解に役立ててほしい」。砂川浩慶教授(メディア社会学、53)は課外授業の効果に期待する。
昭和から平成の世にかけて、繁華街を無言で歩くメリーさんは地元の「有名人」だった。五大さんは2013年5月、白い化粧に白ドレス姿で、メリーさんがいた歩いた横浜・伊勢佐木町を歩いた。今から3年前でも、「あの格好は何?」と話す人たちの声が聞こえた。「それをさざ波のようにみんなで伝えていくことができれば」。具体的な戦争のイメージの象徴としても、後世に伝えていく必要性を感じている。
昨年4月にはニューヨーク公演を行った。劇中でローザが米兵に犯されるシーンでは、会場からすすり泣きも聞こえた。米国での反発も予想されたが、「弱い女性の立場」に理解を示す感想も多く聞かれたという。
20周年を迎える今年の「横浜ローザ」の独り芝居は8月14~18日、横浜赤レンガ倉庫1号館で行われる。立大のゼミ生も様々な思いを持って生の舞台を鑑賞する。さらにその先の世代に伝えていくために。
(和佐徹哉)
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ごだい・みちこ 1952年横浜市生まれ。NHKの朝の連続テレビ小説「いちばん星」で主役デビュー。「横浜ローザ」をはじめとして地元ゆかりの人物やできごとを題材にした演劇公演を続けた功績で横浜文化賞や神奈川文化賞などを受賞している。