シンプルあっさり深いコク 岐阜・飛騨の中華そば
冬場は雪に囲まれる岐阜県の飛騨地方で体を温めてくれる手軽な名物が中華そばだ。麺は細縮れ、具材はチャーシューとネギ、メンマが定番。スープは昔ながらの和風醤油(しょうゆ)で、シンプルであっさりしながら、深いコクが後を引く。新型コロナウイルス禍の折、通信販売などに対応している店もある。
味わいの秘訣はスープの製法にある。通常は麺がゆで上がる直前にかえし(タレ)とダシを混ぜて完成させる。飛騨の場合は醤油ベースのかえしと、野菜や魚介で取ったダシを初めから一緒に煮込む。醤油は濃い口と薄口をブレンド。一緒に火にかけると時間とともにコクが増す。
同県高山市で初めて中華そばを売り出した「まさごそば」を訪ねた。調理場では店主の坂口健司さんが左手に握った太めの飛騨ネギを包丁で丼に切り落としていく。「まな板を使わない『真空切り』はネギの細胞を壊しにくく、余計な粘り気を抑えられる」。地元の新鮮なネギならではのこだわりだ。
富山県出身の先々代が1938年、リヤカー屋台で中華そばを販売したのが発祥。東京や京都で修業し、たまたま訪れた高山にほれ込んで営業を始めた。地元の硬水に合うスープを開発。当時の高山は芝居小屋や映画館が人を集め、見物帰りの親子連れや花街の芸者らの夜食として人気があったという。
かえしとダシを一緒に煮込んだり、まな板を使わずにネギを切ったりするのは「実は狭い屋台で調理するためだったようだ」(坂口さん)。チャーシューも手間を省くために豚肉を焼くのではなく煮ているが、この煮汁がスープの隠し味に一役買っている。
51年に創業した「桔梗(ききょう)屋」(同市)は甘みがあって明るい色のスープが特徴。薄口醤油を多めにブレンドし、味が良く染み込むように加水率の低い麺を使う。2代目の塩屋稔さんは「最近のお客さんの好みを意識し、塩分を控えめに仕上げるようにしている」と語る。
中華そばだけでなく、つけ麺でも地元の評判を得ているのが「豆天狗(てんぐ)」(同市)。48年創業の老舗で、現在は市内の製麺業者が経営を引き継いでいる。中華そばなら、ゆで時間50秒のところ、11分かかる全粒粉の太麺を開発。「さっぱり醤油のスープに合うように、喉越しの良さにこだわっている」(清水将行社長)。変わり種もあくまで伝統の味を守っている。
「高山ラーメン」として紹介されることが多い飛騨の中華そばだが、高山市の周辺地域にも中華そば文化が根付いている。飛騨市の中心部、古川町には中華そば店が軒を連ねる。具材に地元特産のホウレンソウや湯葉を入れる店もある。かつて鉱山で栄えた同市の神岡町では多くの食堂や居酒屋で中華そばを提供する。薄口醤油ベースが多く、一見すると高山の中華そばと似ているが、仕上げる直前にかえしとダシを合わせる店が多い。鉱山労働者らに愛された味が受け継がれている。
(岐阜支局長 小山雄嗣)
[日本経済新聞夕刊2021年1月14日付]
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