キャシー・松井氏の父、「蘭の帝王」が見せた教育支援ダイバーシティ進化論(村上由美子)

2021/1/11
写真はイメージ=PIXTA
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米国のスーパーマーケットの生花コーナーでは、蘭(ラン)の鉢植えをよく見かける。これらの多くは、カリフォルニア州サリナスのマツイ・ナーサリーから出荷されている。

1960年代に奈良県から米国に移住した松井紀潔(のちのアンディ・松井)さんがゼロから築いた花農園は、現在では世界最大級の規模を誇る。「蘭の帝王」として知られた松井さんは先月、85歳で逝去した。

異国の地で多くの花農園が廃業するなか、松井さんは市場環境の変化を先読みしながら、絶えず未知への挑戦を続けた。菊とバラの栽培で成功した後も、中南米からの安い輸入花との競争激化に直面。蘭栽培へと転換する。60歳を超えての挑戦だったが、徹底的な研究の末、美しく丈夫な蘭の大量栽培に成功した。米国人が気軽に蘭の鉢植えを買える環境を切り開いた。

「蘭の帝王」の訃報を受け、多くの追悼が寄せられた。そのなかには多数の教育関係者が含まれていた。松井さんは2004年に私財を投じて地元の高校生の大学進学を支援する松井財団を設立した。彼らの多くが中南米出身の労働者の子どもたちだ。松井財団からの奨学金が彼らの進学を可能にした。

教育こそ、人生の選択肢を広げ、多様な生き方を可能にする。松井さんは持ち前の勤勉さと起業家精神で収めた大成功を教育を通して社会に還元した。その功績でカリフォルニア州立大学から名誉博士号を授与されている。 

農作業を手伝いながら育った松井さんの子ども4人は皆、ハーバード大学を卒業した。次女のキャシー・松井さんは現在、バングラデシュにあるアジア女子大学の理事として、発展途上国の女子教育を支援している。教育は最良の投資であり、教育機会を1人でも多くの若者に提供することの重要性を、彼女は父親の背中を見ながら教わったのであろう。

新型コロナウイルス禍で日本でも教育格差の拡大が懸念されている。次世代への投資は、危機的状況だからこそ優先されなくてはいけない。アメリカンドリームを実現させた松井さんは、多くの若者がそれぞれの夢を実現できる社会づくりに貢献した。

松井財団やアジア女子大学の奨学金で進学し一歩ずつ夢に近づく若者を、天国で美しい蘭に囲まれた松井さんは見守っているに違いない。

村上由美子
経済協力開発機構(OECD)東京センター所長。上智大学外国語学部卒、米スタンフォード大学修士課程修了、米ハーバード大経営学修士課程修了。国際連合、ゴールドマン・サックス証券などを経て2013年9月から現職。著書に『武器としての人口減社会』がある。

[日本経済新聞朝刊2021年1月11日付]

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