ジューシーでしつこさなし 奈良のジビエ、和洋味わう
「食」のイメージが薄い奈良県で近年、個性的な飲食店がじわじわと増えている。けん引している分野の一つが野生動物の肉を使った「ジビエ」だ。郷土料理として有名なイノシシの「ぼたん鍋」をはじめ、ジビエが和洋幅広く展開し、新たな「地産地消」として注目を集めている。
五條市の和食店、源兵衛。近隣で収穫した野菜がコース料理の売りで、野菜との組み合わせを考えて提供されるのが古来食べられてきたイノシシやシカなど地元産の肉だ。
冬に脂が乗るシシ肉をぼたん鍋にしてもらった。薄切りの肉を大皿に盛りつけたさまが「ぼたん」の語源とされる。だしの入った鍋にホワイトセロリや朝採りの生の白キクラゲとともにシシ肉を投入する。「コポコポと煮立ってきたら引き上げて」。料理長の中谷暁人さん(39)の言うとおりにすると、プリプリとしっかりした肉のうまみに合わせて野菜のシャキシャキ感が楽しめた。野菜の種類は日によって変わるという。
シシ肉は食肉処理加工施設「ジビエール五條」から直送される。鳥獣被害対策の一環として市が2015年から運営する施設で、市内200基の捕獲おりに掛かった野生獣を60分以内に持ち込んで処理する。イノシシは特産の柿の果実、シカは柿の新芽を食べる害獣だ。中谷さんは「素早い処理で肉の品質が良い。柿を食べるからか、シシ肉は獣臭くなくフルーティーな余韻もある」と話す。
奈良県は適切に処理された県産のシシ、シカ肉を扱う飲食店を登録制とし、「ならジビエ」としてPRしている。現在25店があり、和食からフレンチ、カレーまでジャンルは幅広い。奈良市の旧市街にあるイタリア料理店、リストランテリンコントロは早くからジビエに注目してきた店の一つだ。オーナーシェフの西岡正人さん(38)は食材を求めてハンターとともに山へ入ることもある。
11月、お任せコースにニホンジカの田舎風パテや都祁(つげ)エリアで捕獲されたイノシシの網脂包み焼きが入った。包み焼きはハンバーグの原形とされ、1頭を余すことなく使い切る工夫だ。あふれる肉汁はジューシーでしつこさがない。「ジビエは一期一会なのが面白く、難しさでもある」と西岡さんは話す。
ほかにも修験道とのかかわりで知られる天川村の洞川温泉街でも、伝統ある「行者宿」の多くでジビエが定着している。冬が到来し、山の恵みや食材の歴史に思いをはせれば、味わいはより深まる。
奈良県五條市のジビエール五條は市直営の食肉加工処理施設だ。一面に柿畑が広がる丘陵地を越えた一角にあり、狩猟免許を持つ市職員が主導して運営。厳しい衛生基準を定め、1頭ごとの記録も丁寧に管理している。加工品の商品開発も行い、イノシシやシカ肉に柿ピューレを加えたレトルトの「ジビエカレー」や薫製肉などが、精肉とともに市内の道の駅や地元スーパーで購入できる。シカの革や角の利用にも取り組み、メガネや貴金属を拭く「セーム革」が商品化されている。
(奈良支局長 岡田直子)
[日本経済新聞夕刊2019年12月19日付]
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