皮にこだわり、野菜たっぷり 福島名物・円盤餃子

2019/10/10付

パッと咲いた大輪の花のように熱々のギョーザが円い皿に並ぶ。数ある福島市の名物の中で世代を問わず人気なのが「円盤餃子」だ。歴史は1950年代に遡り、当時の労働者の腹を満たした。

満腹の女将、椎野仁子さんは祖母の味を受け継いできた

市民のソウルフードともいわれる円盤餃子を堪能しようと、まず足を運んだのが元祖円盤餃子満腹。9月中旬の土曜日、午前11時40分の開店前に店に着くと、既に10人ほどの行列ができていた。

満腹の円盤餃子は一皿30個。皮は2種類の強力粉、硬水と軟水をブレンドした水を使っている。餡(あん)は豚肉に白菜、ニラ、長ネギ、ニンニク、ショウガを使用。野菜は多めで、女性も一皿平らげられるヘルシーさだ。「手作りにこだわった。皮の甘さ、白菜のうまみを味わってもらいたい」と女将の椎野仁子さん(55)は話す。

同店は1953年に仁子さんの祖母の故菅野かつゑさんが創業した。第2次大戦中、夫と当時の中国・満州にいたかつゑさんは戦後、縁のあった福島市に引き揚げた。夫が体を壊すという貧しさのなか、かつゑさんは七輪とフライパン1つでギョーザを出す居酒屋を始めた。

円盤餃子のPRに取り組んできた「ふくしま餃子の会」の高橋会長(山女店主)

仁子さんによると、満州は水ギョーザが主流で、現地では使用人が水ギョーザを中華鍋に並べて焼いた。かつゑさんは帰国後これを再現し、地域に広まったという。

今や全国でも知られる円盤餃子の人気を高めたのが「ふくしま餃子の会」の存在だ。有志による無料試食会、調理講習会などを経て「ギョーザを福島の新名物にしたい」と2003年に発足。その中心となった餃子の店、山女の店主、高橋豊さん(66)は「東日本大震災後も全国から多くの人が円盤餃子を求めて来てくれた」と振り返る。

山女の円盤餃子も、皮、餡とも素材はもちろん、手作りにこだわってきた。餡はキャベツを使い、肉は豚に牛も少し混ぜている。野菜たっぷりのあっさり味、見た目ぷっくり、歯応えさっくりが評判で、夜の閉店間際でも、客足が絶えない人気ぶりだ。

福島のギョーザを楽しんでほしいと蘂が提供する水ギョーザ2種

同会に加盟するのは現在14店舗。先代が満腹のかつゑさんの指導を受けた店もあれば、独自に学んだ店もあり、多種多彩だ。ギョーザのおいしさを広めたいと取り組む店も多く、市の繁華街にある「蘂(はなしべ)」は「水餃子スープ仕立て」「麻辣水餃子」を提供する。福島の食材を使った料理も多く好評だ。

福島市郊外の飯坂温泉にある餃子照井も人気店で、福島駅ビルには支店の福島駅東口店がある。円盤餃子は今や宇都宮や浜松とともに「日本五大餃子」に数えられ、多くのギョーザファンが福島市を訪れている。

<マメ知識>直径1メートル 圧巻の大鍋
ふくしま餃子の会は福島市内のイベントはもちろん、ギョーザに関係する全国の催しで、福島市の円盤餃子をPRしてきた。中でも、直径1メートルの大鍋で500個のギョーザを一気に焼き上げる「大鍋餃子」は圧巻だ。過去には直径1.5メートルの大鍋で千個以上を焼き上げ、ファンを驚かせた。大鍋餃子は東日本大震災からの復興を祈る毎年恒例の東北絆まつりでも振る舞われる。会長の高橋豊さんは「一人でも多くの人に、円盤餃子のおいしさ、料理に込めた福島の思いを味わい、知ってほしい」と話す。

(福島支局長 田村竜逸)

[日本経済新聞夕刊2019年10月10日付]

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