野菜・ホルモン・甘辛タレの三重奏 福岡のもつ鍋
豚骨ラーメンに水炊き、めんたいこ――。福岡市で誕生し、全国区の知名度を誇る料理は多いが、その最たるものは平成の初めに大ブームを巻き起こしたもつ鍋だろう。ブームが去った後も、本場では手ごろな値段で楽しめる庶民の味として親しまれている。
もつ鍋の起源は、戦前に筑豊の炭鉱で働く労働者がスタミナをつけるために食べていた内臓肉(ホルモン)料理との説が有力だ。だが「元祖」は、実は2つある。一つはブームの際に知られるようになった、鍋の上にこんもり野菜を盛ったスープタイプ。もう一つはスープタイプの原型となったすき焼きタイプだ。
すき焼きタイプの元祖、万十屋は創業約70年。福岡最古の専門店として地元の支持を集める。4種のホルモンを徹底的に洗浄した後に秘伝のタレと混ぜ合わせ、重さ5キロの専用の石鍋に入れる。上にニラとキャベツ、エノキ、タマネギを敷き詰めたら火が通るまでじっと我慢。野菜から出る水分とタレ、ホルモンの三位一体のバランスが味を左右するため、調理は全て店員任せにするのがお約束だ。店長の岳祐二さん(58)は「野菜が鍋蓋の代わりになるので触らないで」と話す。
手間暇かけて作られたもつ鍋はホルモンの脂と野菜の甘みをすっきりとした甘辛口のタレがまとめ、濃厚ながら後を引くおいしさ。鍋を食べた後に投入するちゃんぽん麺は細めの特注品で、味の詰まったスープによく絡む。さらに残ったスープにご飯を入れ、ピビンバ風にして味わい尽くすのが万十屋流だ。
一方、スープタイプの元祖とされるのが市内に7店を展開する元祖もつ鍋楽天地だ。2代目の水谷崇さん(49)によると、父である先代が「モツにはしょうゆベースのスープが合う」として独学で作り上げた。1977年に繁華街・天神に本店を開いて以来もつ鍋一筋。ホルモン6種類に野菜はニラとキャベツのみとシンプルだが、それだけにごまかしがきかない。
創業から一切レシピを変えていないというスープからは魚介系のだしとしょうゆが混ざり合った豊かな香りが立ちのぼる。現在では全国で定番となった「締めのちゃんぽん」も同店で生まれたという。
「インスタ映え」する新顔も続々登場している。博多もつ鍋響のレモンもつ鍋は塩ベースのスープに輪切りのレモンが浮かぶ意欲作。見た目の華やかさだけでなく、レモンの爽やかな酸味とニラの代わりのネギでさっぱりと食べられる。もつ鍋が誕生して半世紀以上が過ぎた現在も福岡市では各店が競い合い、百花繚乱(りょうらん)の多彩な味を生み出している。
もつ鍋といえば福岡のイメージが強いが、負けじと郷土料理として大々的に売り出しているのが筑豊地区の福岡県田川市だ。かつて石炭産業でにぎわった筑豊では、労働者の間でホルモンを焼いて食べる「とんちゃん」という料理が人気だったという。しょうゆや味噌など味付けは様々だが、中央が少しくぼんだ独自の鉄板を使って野菜といためて供するのが特徴だ。
現在は有志が集まり、炭鉱の閉山で衰退が続く田川市に人を呼び込もうと、ご当地グルメとしてPRを続けている。
(西部支社 山田和馬)
[日本経済新聞夕刊2019年8月8日付]
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