北限のしらす、復興の海が育む甘み 宮城・閖上
宮城県名取市閖上(ゆりあげ)。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた漁港の町に新たな名産品が育ちつつある。「北限のしらす」。水温の低い東北の海で育つためか、ほのかな甘みが特徴という。2017年から宮城県南部の漁港で本格的なしらす漁が始まり、新たなブランドに育てようと被災から立ち上がった地元料理店が工夫を凝らす。
閖上港にほど近い名取川河口の堤防上に4月末にオープンした商業施設かわまちてらす閖上。県外からの観光客も集まり、ゴールデンウイークには各飲食店に長い行列ができた。「ここで北限しらすを復興の象徴としてブランド化したい」。運営するかわまちてらす閖上社長の桜井広行さん(65)は期待を込める。
施設内の中華料理店、浜一番の人気メニューはしらすチャーハン。ご飯の中にしらすを入れていため、最後に釜揚げをトッピングする。「魚の味がベースなのでなるべく素材の味をいじらないようにつくります」と店主の渡辺哲也さん(59)。津波被害で閖上を離れ仙台市内で営業を続けてきたが、8年ぶりの里帰りで新たにメニューに加えた。
閖上しらすはカタクチイワシの稚魚。「魚へんに弱い」と書くイワシは傷みやすく、その稚魚の調理も鮮度維持がカギとなる。漁亭浜やでは水揚げ後すぐに急速真空冷凍した食材を調理直前に解凍して提供する。このため禁漁期の12~6月でも生しらすが提供できる。「ここで水揚げされるしらすは1匹1匹がしっかりしている」。店長の渡部正守さん(40)は話す。
人気の閖上北限しらす2色丼はしょうゆをかけて生をショウガで、釜揚げをワサビを添えて食べるのがオススメという。フランスの卵料理のキッシュもしらす入りで提供。関東の女子大生が仙台に1カ月住んで考案した苦心作だ。被災後に仮設商店街の閖上さいかい市場(名取市)で営業し、再び戻ってきた。
水産加工の魚匠鈴栄も閖上港のしらすの入荷が始まり次第、店舗2階飲食スペースをオープンさせ生しらす丼や海鮮丼を提供する。
同じく「生の閖上のしらすを食べてもらいたい」と話すのはさいかい市場で若草寿司を営む比佐幸悦さん(61)。震災前は港の目の前に店舗があり、漁船が戻るとすぐに鮮魚を仕入れたこだわりを続けたいとの思いからだ。漁港直送の生しらすの軍艦巻きは水揚げしたその日が賞味期限で「トロッとして甘みが違う」(比佐さん)。9月にはかわまちてらすに移転する計画。7月下旬に予定される今年初の水揚げを待ちわびている。
北限のしらすは数奇な巡り合わせから生まれた。水産加工を手がけるマルタ水産は津波ですべて流された。専務の相沢太さん(35)は避難先の静岡のしらす加工場で釜揚げ作業を手伝い復興に備えた。いったん東京で勤務して地元に戻った2017年、閖上でしらすの水揚げが始まった。世話になった業者に指導を仰ぎ商品化を進めた。名物の赤貝は貝毒で禁漁となることも多く、第2のブランドを探していたさなかで「何かできあがったストーリーの上を歩いているようでした」と相沢さんは振り返る。
(仙台支局長 和佐徹哉)
[日本経済新聞夕刊2019年7月4日付]
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