農場経営の焼肉店、ブランド牛お得に堪能 岩手・北上
第1次生産者が飲食業などの第3次産業を経営することを「6次産業化」と言われて久しい。農産物などをそのまま流通させるより、価値を付けて販売したほうが収益は増えるという考えだ。これが簡単なようで実は難しい。というのも生産とサービス業では、経営のノウハウが異なり、飲食店経営でつまずく例が多いからだ。
しかし、岩手県北上市にある日本最大級の農業生産法人、西部開発農産が手がける直営焼肉店「せいぶ農産発 焼肉DINING まるぎゅう」は、自社の強みを最大限にいかした数少ない成功店だ。
西部開発農産は離農する生産者から田畑を引き受け、最新の技術を導入して効率化を図り収益を上げている。農業だけでなく、和牛の生産から肥育まで一貫して行い、ブランド牛の「きたかみ牛」も生産する。農地は4月時点で850ヘクタール、和牛の飼育は250頭を越える。
まるぎゅうの立地は最寄り駅のJR北上駅から車で5分と、便利とは言いがたい。しかし、同店は211平方メートルの店舗で、多いときの月商で約1千万円強と盛況だ。
好調な理由はなんといっても自社農場産のきたかみ牛が手ごろな価格で食べられることにある。ランチの人気メニュー「きたかみ牛ハンバーグランチ」(1280円)は熱々を和牛特有の香りといっしょに楽しめる。定食仕立ての「きたかみ牛サイコロステーキランチ」(1180円)は、大ぶりにカットしたきたかみ牛のステーキが100グラムにサラダも付く。
ご飯に使われるのが自社農場でも特別に管理して育てた「ひとめぼれ」で、ご飯だけでも食べに行く価値があるほど、甘味がありおいしい。
照井勝也社長は「牛肉、米、味噌などは100%自社製。野菜は季節があるので、通年を通すと100%にはならないが、春から秋にかけては、7割自社の作物でまかなえる」と話す。筆者も写真のランチを食べたが味がよく"コスパ"の良さに驚いた。平日は近隣の客で賑わい、休日は隣接市からもお客が来るというのもうなずける。
まるぎゅうは原価率を下げるために、自社食材を使い切る。牛すじとハンバーグには、肉の成形時に発生する端材を使用する。きたかみ牛は和牛の等級でトップクラスのA4、A5クラスに限られるので、こうした端材でも脂が乗りうま味は強い。上手に商品化することで、安価で良質なメニューを提供している。
照井社長は学生時代から外食産業に興味があり、飲食店のバイトを経て、社員として勤務した経験を持つ。筆者は6次産業化成功のカギは経営者がどれだけ飲食業界に精通しているか、という部分にかかっていると感じている。
生産者の経営者は「自慢の産物だから、流行の業態で提供すればヒット間違いない」という気持ちになりがちだ。それはわかるが、そう簡単ではないのが飲食業だ。
照井社長は「手塩にかけた農畜産物をお客様がおいしいといってくれるのがなにより。その景色をスタッフに見せ、よりいいものを作ろうという現場のモチベーションにつなげたい」と話す。6次産業化は、"もうけ+α"の気持ちがなければ、成功は難しいと感じた。
(フードジャーナリスト 鈴木桂水)
フードジャーナリスト・食材プロデューサー。美味しいお店から繁盛店まで、飲食業界を幅広く取材。"美味しい料理のその前"が知りたくて、一次生産者へ興味が尽きず産地巡りの日々。取材で出会った産品の販路アドバイスも行う。
[日経MJ 2019年6月14日付]
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