埋もれた作家に復活の道開く プロ限定の再デビュー賞
プロの作家に限定した新人賞という一風変わった公募文学賞の受賞作が、このほど発表された。400に迫る応募作から見事に「再デビュー」を射止め、復活へと歩み出した受賞者を追う。
「受賞を知るまでは遭難しているような気持ちだった」。商業出版の経験があるプロを対象にした第1回リデビュー小説賞を受賞した芹沢政信(35)は悩んでいた過去をそう振り返る。
ライトノベルがブームだった2011年ころから小説を書き始めた。13年にデビューし、為三の筆名で発表した「ストライプ・ザ・パンツァー」など、ラノベ作家として計4冊を出す。
もがくような日々
だが徐々に売り上げは低迷。「売れるものと書きたいものを擦り合わせる窮屈さ」に苦しみ、17年以降は商業出版から「カクヨム」といった小説投稿サイトに発表の場を移す。ウェブ小説は読者の評価やランキングが即座につく、よりシビアな世界ともいえ、もがくような日々が続いていた。
今回、捲土(けんど)重来を果たした作品は百年前の文豪をめぐる新人作家の冒険譚(たん)をつづった30万字の長編「絶対小説」。賞を主催する講談社から、一般の文芸作品として出版される。
同賞は5月に計6人の受賞者が決まった。企画した河北壮平・講談社タイガ編集長は「5年ほど前から考えていた。出版不況の中、書き続けるうちに評価を得るのが難しくなり、埋もれていく才能を危惧していた」。応募者の3割はデビューしたての新人だ。
高校生が探偵役のミステリー「モリス~悪意と言う名の街~」で受賞した如月新一(28)もその一人。18年4月にデビュー作を出し中学生からの夢だった作家に。「書店に本が平積みになりアニメ化、シリーズ化という未来を描いていた」と苦笑する。だが次作の依頼はなく「待っているだけじゃ難しいと気づいた。編集者のSNS(交流サイト)をチェックし、こちらから仕事の提案を始めた」。
「また賞をとってもう一度名を上げよう」と、プロアマを問わない文学賞への応募も再開した。「自分でも再デビューを考えていたところだった」と喜ぶ。
出版不況の逆風
新人以外で目立ったのは、芹沢のようなラノベ出身者だ。ラノベブームは沈静化しており、出版科学研究所によると、18年の文庫型ラノベの推定販売額は前年比12.6%減の166億円と6年連続で減った。
明治学院大学の長谷川一教授は「書く人は増える一方だが、部数が見込める作品が増えているとは言い難い」と指摘。そのうえで、同賞を「埋没した作家を救う回路を作った。一定の力量を持つ作者の再発掘は出版社のリスクも低く、目の付けどころはいい」とみる。
出版不況で部数が計算しにくい中堅・新人作家への風当たりはきつくなるばかり。もっとも、デビュー後さっぱりでも、遅咲きを果たした人気作家は少なくない。文庫書き下ろし時代小説のヒットメーカー、佐伯泰英も現代ものを書いていた20年前は初版止まりの作家だった。「新宿鮫」の大沢在昌はかつて「永久初版作家」と呼ばれていた。
今は赤字の書き手が明日には売れっ子に化けるかもしれない。そんな一発逆転、新陳代謝が長く出版界を支えてきた。芹沢は現状に対し「一度ペケ印がついたらおしまい、というのはあまりに厳しい」と訴える。
逆境を克服し、復活ののろしをあげた芹沢、如月ら。編集者と二人三脚で改稿が進む。
(桂星子)
[日本経済新聞夕刊2019年6月4日付]
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