ゲスの極み乙女。やindigo la Endなど複数のバンドで活躍する川谷絵音が、世間でヒットしている楽曲を同じミュージシャン目線で自筆解説します。

「ヒットの理由がありあまる」と題したこのコラムでは、ヒット曲がなぜ売れているかについて、僕の視点で皆さんに伝えていきます。売れている曲は、ドラマやCMのタイアップだったり、口コミで広がったり、振り付けが面白いなど、様々な要因が考えられるのですが、「具体的に何が良いの?」ってとこを中心に書いていきます。
というわけで、米津玄師の『Lemon』について。この曲はヒットドラマ『アンナチュラル』の主題歌で、お互いの相乗効果で『Lemon』もヒットしたのだが、僕視点から言うと“米津玄師の効果”のほうが大きい。米津玄師の『Lemon』がなければ、『アンナチュラル』はここまで話題にならなかったのではないか。それくらいの超名曲だ。

じゃあなぜ名曲なのか。まず大前提を話そう。米津玄師だからだ。米津玄師を聴いていることが現代のお洒落なのだ。ヒット曲にはつきものの、「俺はヒット曲なんて聴かないぜ」というJ-POPヒット曲アレルギーの人が彼にはほぼいない。ダサくないからだ。だから洋楽ファンと呼ばれている人たちにも支持され、米津玄師を聴いているとSNSのプロフィールに書いても恥ずかしくない。ここまでの大ヒット曲を飛ばすようなアーティストにはミーハー感がつきまとうものだが、米津玄師のサウンドにはミーハー感を打ち消す仕掛けが数多くある。
まずは曲の序盤から出てくる、人の声のような動物の声のような「クェッ」という謎の音。これは洋楽、特にヒップホップではよく出てくる「声ネタ」と呼ばれる声をサンプリングしたもの。『Lemon』は美しいバラードだ。この曲調に声ネタを仕込んでくるあたりがニクい。単なるバラードで終わらせない上に、「クェッ」もリズムの一部となり、ドラムと共にヒップホップのような跳ねたリズムを刻んでいる。洋楽ファンは無意識にこのリズムに反応してしまうのだ。
また米津玄師の曲の良さは絶妙なバランス感にある。美しいサビを2回聴かせた後、つまり2サビ後のCメロ展開では、バスドラム(大太鼓)が少しトリッキーなリズムを刻み始める。ここがすごくドキッとする。少し複雑な、いわゆる洋楽リズムをここで展開した後、弦楽器だけが残り、「どうなるんだ?」と思わせておいて、ドラマチックなラストサビへと突入する。ここまで聴いたらすでに『Lemon』の虜だ。普段洋楽を聴かないファンに複雑さを気付かせない展開の妙。一方、洋楽ファンには無意識に洋楽リズムを流し込む。このバランス感覚がすべてだ。
サビの歌詞も繰り返しではない。1サビ「あの日の悲しみさえ/あの日の苦しみさえ」が、2サビで「どこかであなたが今/わたしと同じ様な」と急に大きく変わる。しかしラストのサビでは1サビが戻ってくる。1サビのほうが2サビよりキャッチーで、1サビでリスナーにこの歌詞を欲しがらせ、2サビでおあずけを食らわせる。“あの歌詞”の飢餓感が高まったところでラストサビをぶち込む。その瞬間の「待ってました!」感にこの曲のドラマチックさがある。
そして米津玄師は声が独特だ。売れる曲には絶対に一番必要なのは声の良さ、つまり耳にひっかかる声だ。一聴して米津玄師だと分かる声の独特さ。サザンやミスチル、スピッツも一聴してすぐに誰か分かる。そしてその人が歌えばカバーであろうとその人の曲になってしまう。米津玄師の声質は低めだが、メロのキーは低く、サビのキーが高い。『Lemon』も例外ではない。声質が低めな人が高いキーを出すとより感情的に響く。BUMP OF CHICKENの藤原基央さんもサビで声を張る時の歌がエモーショナルだ。ここまで書いたけど字数が足りない。それくらい魅力がまだまだある。最近CM曲で流れている米津玄師の『LOSER』にも同じような仕掛けがあるので、皆さんもそこに注目しながら聴いてみてはいかがでしょうか?
1988年12月3日生まれ、長崎県出身。ゲスの極み乙女。、indigo la End、ジェニーハイ、ichikoroといったバンドのボーカルやギターとして多彩に活動中。8月29日には、ゲスの極み乙女。から、4thアルバム『好きなら問わない』をリリース。
[日経エンタテインメント! 2018年8月号の記事を再構成]