病院で館内BGM♪ 専門家が作曲、心を癒やす
医療機関で音楽を流し、患者らの気持ちを和らげる取り組みに注目が集まっている。環境音楽の専門家に館内BGMの作曲を依頼したり、検査室で音楽や映像を流したり。患者をリラックスさせるだけでなく、医師や看護師らの緊張を緩和するのにも役立つという。患者向けの院内コンサートは多くの病院で行われており、音楽がもたらす効果への期待は高い。
堺市にある耳原総合病院。外来の待合室は多くの人が行き交い騒々しいが、耳を凝らすと、ゆっくりとして落ち着いたピアノの音色が聞こえる。診察を待っていた同市の竹内智絵さん(34)は「音楽が聞こえてくると気持ちが落ち着くのでほっとする」とほほ笑む。
この音楽は医療機関で流すことを目的に作られた。曲名は「きずな」や「きぼう」などで、1曲5分程度。全22曲あり、午前8時から午後8時まで繰り返し流す。
集中治療室でも
同病院は2015年4月に建て替えた際、内装に絵を描いたり絵画を飾ったりする「ホスピタルアート」を採り入れた。患者や職員らがより快適に過ごせるようにと模索する中、「視覚だけでなく聴覚も」と同病院のアートディレクター、室野愛子さん(38)らが提案。それまではモーツァルトやバッハなどのクラシック曲を中心に有線放送で音楽を流していたが、17年10月から本格的に切り替えることにしたという。
曲は待合室だけでなく、一般の患者が立ち入らない事務室や集中治療室などを含めた全館で流している。岩崎桂子医師は「患者や家族に命に関わる説明をする際、お互いの緊張を少しでも緩和できる効果がある」と話す。
同病院が作曲を依頼したのは、音楽家で京都精華大教授の小松正史さん(46)だ。小松さんは音響心理学を専門に研究。公共空間で流す環境音楽の制作に携わり、これまで京都タワー(京都市)の館内や京都丹後鉄道の車内のBGMなどを手掛けてきた。
小松さんは「医療空間に合わせた作曲は難しかった」と振り返る。病院内には患者だけでなく家族や医師、職員など様々な心理状態の人が集まるため、音楽を不快に感じる人がいる可能性があるという。「音の抑揚が強くならないようにする一方で、ありきたりな曲調にしないように気をつける必要があった」と話す。
同病院の患者や医師、職員ら約400人に、日々の過ごし方や音楽についての考えなどについてアンケート調査を実施。院内の雑音の種類や響き方なども調べ、約1年を費やして曲を完成させた。小松さんは「音は無意識のうちに耳に入ってくるもの。邪魔にならず、かつ雑音が低減されるような、穏やかな音楽を目指した。医療に関わる全ての人に届けたい」と意気込む。
千葉大病院(千葉市)は16年1月から、磁気共鳴画像装置(MRI)の検査室で患者が選んだ音楽や映像を流す取り組みを始めた。「草原」や「海」などがテーマ。検査に不安を感じる患者も少なくないため、音や映像でリラックスしてもらおうという試みだ。
MRI検査は患者があおむけになってトンネル状の狭い装置に入る。20分ほどかかり、圧迫感や機械音によって不安を感じやすい。緊張して検査中に体を無意識に動かしてしまい、検査データに影響することもあるという。システムの導入で再検査の回数が減ったといい、同病院放射線部の桝田喜正副部長は「患者にかかる負担を軽減できている」と話す。
演奏会で気分転換
患者を元気づけようと病院内で音楽コンサートを行う取り組みは広く行われている。国立病院機構大阪医療センター(大阪市)は1997年から音楽家を招いた演奏会を定期的に開催、これまでに60回ほど開いてきた。
17年12月に開いた演奏会には患者ら約100人が集まり、バイオリンやフルートの音色に耳を傾けた。入院中の女性(81)は「外に出るのが難しいので楽しみにしていた。気分転換できてよかった」と笑顔を見せた。
同センターの担当者は「楽器の生演奏で心を和ませてほしい」と話す。患者からの人気が高いイベントといい、今後も続けていく方針だという。
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広がる音楽療法 認知症に効果も
音楽を心身の健康維持や傷害の回復に役立てる音楽療法は全国の医療機関などで普及しつつある。幅広い症状や年齢層を対象とし、免疫機能が向上したり認知症の進行を抑えたりする効果が認められるという。
米国で第2次世界大戦中、負傷した軍人を音楽家が支援する活動から始まったとされ、1950年に全米音楽療法協会が発足。その後は欧米を中心に発展してきた。
日本でも2001年4月、音楽関係者や医療従事者らからなる日本音楽療法学会(東京・港)が設立された。専門の講習を受けるなどした同学会認定の「音楽療法士」は16年4月時点で約3千人に上り、病院や介護福祉施設を中心に全国で活躍している。
音楽療法を巡っては、定義などが曖昧だとする見方もある。四国大学短期大学部の大寺雅子准教授(臨床心理学)は「実践方法や効果の測定は研究者によって様々。研究を積み重ねていくことが必要」と指摘したうえで、「患者からの信頼や質を担保していくことが課題だ」と話している。
(島田直哉)
[日本経済新聞朝刊2018年1月8日付]
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