在宅酸素吸引、より便利に 全国どこでもボンベ届ける
旅行中も安心、災害時もサポート
呼吸機能が低下した患者の生活を補助する在宅酸素吸引装置の使い勝手が向上している。酸素機器メーカー各社が機能の改良や支援体制の強化を進めているのだ。患者が気軽に旅行できるように酸素ボンベを全国で届けられる物流網を構築。災害時の駆けつけサービスも整えた。安心して自宅で治療を受けられる体制づくりが広がっている。
横浜市の西谷忠邦さん(78)は5月から自宅で酸素療法に取り組んでいる。6月に郷里の島根県に帰省した際のこと。介護する妻の紀子さん(76)が酸素ボンベを供給する帝人の担当者に外出の件を相談したところ、「すぐ対応してくれて心強かった」と振り返る。
患者から全日本空輸に連絡し、飛行機の中で使う酸素ボンベを手配。宿泊先には帝人の営業所から酸素ボンベを届け、全旅程で酸素吸入ができる体制にした。その結果、西谷さんは無事に帰郷を果たすことができた。
西谷さんは現在、1時間に4リットルの酸素を吸引する。体の異変が起きたのは2016年10月ごろ。高熱が続いたが、かかりつけ医では風邪と診断された。その後、北里大学病院(相模原市)で磁気共鳴画像装置(MRI)を撮ると、右の肺に間質性肺炎が見つかった。胸膜と肺の間に肺がんが見つかり、それが呼吸を苦しくしたのだった。
がんは終末期だった。主治医やケアマネジャー、家族で話し合い、めぐみ在宅クリニック(横浜市、小沢竹俊院長)を紹介され、入院から在宅ケアに切り替えた。
在宅酸素療法は保険医療のため、医師が処方して初めてメーカーが患者に機器を提供できるようになる。ただ、病院は在宅中の患者の動静を把握できないため、メーカーと保守管理契約を結び、業務を委託している。患者が医療機関に支払う医療費は同額だが、サービス内容は機器メーカーによって多少異なる。
帝人は日常のトラブルに迅速に対処できるように24時間、機器の稼働状況のデータを集め、遠隔で管理している。16年には年間7127件の安否確認をした。
在宅酸素吸引装置を使う患者にとって最も怖いのが停電や地震などの災害だ。
帝人は全国100の営業所とは別に各地に酸素備蓄倉庫を持つ。地震などが発生するとITシステムを使い、被災地の患者の住所を地図上に表示。各営業所から電話で安否を確認する。その後、自宅や避難所に酸素ボンベを届ける。
16年の熊本地震では1度目の大きな揺れから22時間以内に1241人、2度目のより大きな揺れから40時間以内に3611人の安否確認ができた。東日本大震災では安否確認に20日間ほどかかったといい、その際の教訓を生かしてスタッフの人員配置やITシステムを見直した結果だという。
在宅酸素吸引機器は最大手の帝人のほか、フクダ電子、フィリップス、エア・ウォーターなどが手掛け、見守りや災害時の安否確認にも対応している。
近年は省エネ、小型化、静音性などの面で性能が向上している。電気代が7リットルの機器で月額1万円ほどだったのが、最近は2千~3千円ほどで済むようになった。音もエアコンの運転音より静かだという。
フクダ電子は血液中の酸素量を測る機器の防水タイプを発売した。日常生活のどんな場面で息苦しさを感じているのかが分かる。入浴時中に患者の酸素量が低くなることが分かり、在宅酸素療法を処方の仕方や経過観察に生かせるという。
◇ ◇ ◇
在宅療法 増える患者 定着には法の壁
在宅酸素療法をする患者数は年々増え、2017年には約17万人になる見込みだ。政府は患者が自宅などで必要な医療を受けられる「地域包括ケア」を推進しているが、在宅酸素療法の保険適用を受けるには厳しい条件がある。
保険が適用されるのは高度慢性呼吸不全や肺高血圧症など4つの疾患のみ。その上、使用時の条件が厳しく定められている。末期がんの患者でも疾患ががんだけでは適用にならない。終末期を家で迎えたい患者でも酸素治療を受けるためには入院しなければならないのが実情だ。
めぐみ在宅クリニックの小沢院長(54)は「在宅酸素療法を受けられる条件が現行の法律では厳しすぎる。実際に酸素療法が必要な疾患は多く、そのニーズに応えていないのが現状」と指摘する。患者の利便性を高めるため、在宅で酸素治療が受けられる範囲を広げる必要がありそうだ。
(薬袋大輝)
[日本経済新聞夕刊2017年9月14日付]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。