進行肺がん、新薬続々 分子標的薬や免疫薬5年生存率の改善に期待

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肺がんは日本人のがんの中で、最も死亡数が多いがんだ。年間11万人以上が発症し、7万人以上が死亡する。かつては、ほかの臓器に転移したり再発したりすると、治療の選択肢がほとんどなかった。だが最近では様々なタイプの抗がん剤が登場し、打てる手が広がってきた。5年生存率も伸びると期待されている。

湘南ベルマーレフットサルクラブの久光重貴選手(35)は2013年、シーズン前のメディカルチェックで鎖骨の裏に影があると言われた。精密検査で、肺がんが首のリンパ節に転移したものと判明。医師から「手術や放射線治療はできない。抗がん剤による治療になります」と告げられた。

がんの遺伝子を調べ、「イレッサ」という薬が効くタイプだとわかった。服用を始めると、3センチあったがんが1センチまで縮小。だが1年3カ月ほどで効果が低下したため、開発中だった「タグリッソ」という薬の臨床試験(治験)に参加した。がんは再び小さくなり、久光選手は今も現役で試合に出場している。

肺がんの進行を4段階に分け、最も進んだ状態を「Ⅳ期」と呼ぶ。がんが骨や脳に転移したり、肺や心臓の周囲に水がたまったりしている状態だ。

がん研究会有明病院の西尾誠人・呼吸器内科部長はⅣ期の肺がんについて「現在は根治はしないが、治療の選択肢が広がったことで、長く生きられる時代になった」と話す。

転機となったのは02年に登場した分子標的薬「イレッサ」だ。Ⅳ期でも延命が期待できるようになった。分子標的薬は、がんの増殖を促す特定の「ドライバー遺伝子」を持つ細胞だけに働き、正常細胞には影響しにくい。あらゆる細胞の増殖を抑える従来の抗がん剤に比べ、効果が高く副作用は少ないとされる。

分子標的薬は、標的となる遺伝子に変異があるがんに投与する。イレッサは「EGFR」と呼ぶドライバー遺伝子に変異があるがんが対象だ。肺がん全体の約6割を占める肺腺がん患者のおよそ半分に相当する。

イレッサの登場以降、分子標的薬が次々と開発された。国立がん研究センター研究所の河野隆志・分野長は「肺がんでは少なくとも8種のドライバー遺伝子が見つかっており、これらをターゲットにした臨床試験が進んでいる」という。国立がん研究センター東病院は「RET融合遺伝子」というドライバー遺伝子を持つ患者に、甲状腺がんの分子標的薬が有効なことを治験で確認した。

一方、課題も見えてきた。投与するうちに薬の効きが悪くなり、再びがんが増殖し始めることが多いのだ。イレッサは1年~1年半で耐性が生じる。12年に承認された「ザーコリ」も、投与から1年ほどで効かなくなる例がある。

こうした耐性がんへの対策も進む。イレッサ耐性の約6割は「T790Mという遺伝子の変異が原因だ。タグリッソはこの変異で耐性になったがんの治療薬で、昨年3月に承認された。

血管新生阻害剤と呼ぶタイプの治療薬も09年に登場した。がんが増殖するのに必要な栄養を取り込むために新たな血管を作るが、これを防ぐ。ドライバー遺伝子の変異が見つからなかった場合、従来の抗がん剤と併用する。

効果が期待される一方で高額な薬剤費が問題になっている免疫薬にも、新薬が登場している。昨年12月に承認された「キイトルーダ」だ。

がん細胞の表面にしばしばみられるPD―L1というたんぱく質は、がんを攻撃する免疫細胞のたんぱく質に結合し、免疫細胞への防御壁を築く。この結合を妨げ、がんの防御壁を壊す薬を「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ぶ。15年に、非小細胞肺がんに対する初の免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」が承認された。

キイトルーダは第2弾で、オプジーボが従来の抗がん剤による治療が終わってからでないと使えないのに対し、最初の治療から使える。ただしEGFRなど特定の遺伝子異常がなく、50%以上のがん細胞にPD―L1ができていることが条件だ。こうしたがんの場合、従来の抗がん剤を使った治療より効果が高いことが明らかになっている。

「新しい薬が次々に出ているので、5年、10年先には、治る薬が出てくるかもしれない」。久光選手は希望を持って、トレーニングを続けている。

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重篤な副作用も 注意必要 学会、注意喚起の声明文

新薬が出るたびに注目が集まるが、過度の期待は禁物だ。例えば、初の免疫薬となった「オプジーボ」は従来の抗がん剤治療が終わった後に再発した患者に使えるが、効果があるのは2割程度。従来の抗がん剤に比べて一般に副作用は軽いとされるが、間質性肺炎のほか劇症1型糖尿病など従来にはなかった重篤な副作用も報告されており、十分な注意が必要だ。

日本肺癌学会は「現在では肺がん治療に欠かせないイレッサだが、安全で効果的な使用が根付くまでに大きな犠牲が払われたことを肝に銘じておく必要がある」として、注意喚起の声明文を医療者や患者などに公開した。

厚労省も、「オプジーボの最適使用推進ガイドライン案」を作成。医師や施設の要件に加え、「非扁平(へんぺい)上皮がんでは、PD―L1が1%未満の場合は従来の抗がん剤を優先すること」などの条件をつけた。従来とはまったく異なる仕組みで効くだけに、慎重な対応を求めている。

(西山彰彦)

[日本経済新聞朝刊2017年1月29日付]

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