「スローカロリー」に注目 糖質摂取、ゆっくり上手に
むやみな制限「健康維持できぬ」
一定の血糖値維持
東京都東村山市にある緑風荘病院。小規模ながら一般病棟からリハビリテーション、介護施設までをそろえ、周辺住民を支える地域医療機関だ。今夏、入院患者向けの給食で砂糖を積極的に使う試みを始めた。
同病院栄養室の運営顧問を務める西村一弘・駒沢女子大学教授は「血糖値は高くなりすぎてはいけないが、低くなりすぎてもいけない」と狙いを説明する。
料理などに使う砂糖の半分に「パラチノース」というゆっくり吸収されるタイプを使う。カロリーは1グラム=4キロカロリーと通常の砂糖と同じだが、甘さが半分なうえ吸収に5倍の時間がかかるのが特徴だ。通常の砂糖は胃や小腸の入り口で吸収されるが、パラチノースは小腸の末端まで残る。血糖値がなだらかに上昇し一定の高さで持続するため、体への負担が少なくスタミナにもつながる。
糖質をゆっくり摂取するスローカロリーという考え方は、パラチノースを販売している三井製糖が2007年に提唱した。「ローカロリー」「ゼロカロリー」をうたった食品の隆盛に砂糖メーカーとして危機感を持ち、栄養学の権威らと研究に着手。15年には研究成果の普及を手掛ける一般社団法人スローカロリー研究会(東京・港)を設立した。
洋菓子店も採用
砂糖を多く使う洋菓子店でも、こうした考え方に共鳴するところが出てきた。京成小岩駅近くにある洋菓子店「ラトリエ・ドゥ・シュクル」(東京・江戸川)は15年、いち早くパラチノースを使ったマドレーヌを売り出した。周辺には高齢の住民も多いだけに、シェフパティシエの白岩操雄さんは「健康に配慮が必要だと考えた」と話す。
JR新浦安駅近くにある洋菓子店「プルーム」(千葉県浦安市)は今年4月にパラチノースを使ったどら焼きの販売を始めた。通常の砂糖と同様に保水性があるので「生地もあんもしっとりとした仕上がりになった」(シェフパティシエの野々山裕司さん)。和菓子は本業ではないが、1番人気のショートケーキの売り上げに肉薄しつつあるという。
日本人の食生活を振り返ると、このところ砂糖やお菓子の摂取量を減らし続けてきた。厚生労働省の国民健康・栄養調査によると、砂糖・甘味料類の1人当たり1日摂取量は1975年の14.6グラムから15年に6.6グラムと半減した。菓子類も29グラムから26.7グラムに減った。しかしこの間、男性は肥満が増え、女性は痩せすぎが増えるなど、日本人が健康になったとはいいがたい。
「砂糖は必ずしも悪者ではない」と話すスローカロリー研究会の宮崎滋理事長は「マラソンなど持久力を求めるスポーツでスローカロリーを普及したい」と説明している。
◇ ◇
パラチノース 微生物使い製造、需要回復
「パラチノース」は自然界では蜂蜜に微量に含まれているが、大量生産するには砂糖を原料にして微生物の作用で構造を変化させる。1984年に世界で初めて三井製糖が工業生産を始めた。当初は虫歯になりにくい砂糖としてヤクルト本社の「ミルミル」やロッテの「歯みがきガム」などに採用された。
2011年の東日本大震災後、パラチノースの販売量は低迷し、三井製糖は15年に国内生産を終了した。だが最近になってスローカロリーで再び注目を集めるようになり、現在は震災前のピークである年3000トンの生産を回復した。14年に発売した井村屋の「スポーツようかんプラス」など採用例は増えているが、ミルミルを超えるヒット商品はまだ生まれていない。飲料やチョコレートなど大型商品への採用を目指している。
インターネット通販だけで扱ってきた「スローカロリーシュガー」は、今年9月からイトーヨーカ堂全店で販売が始まった。22年の販売数量は、現在の10倍にあたる3万トンを目指している。
(桜井佑介)
[日本経済新聞夕刊2016年11月24日付]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。