あられをオシャレに変身 老舗の工場が復活
女子力起業(3)
編集委員 石鍋仁美
老舗のあられ工場があった。品質は高い。しかし地味で売れない。これを知り「もったいない」と感じた女性がいた。商品企画と販売の会社を設立、味付けを工夫し、包装には「日本好きの外国人デザイナー」を起用。3年前に販売を始めると都会の女性や外国人に受け、売上高を毎年2倍、3倍というペースで伸ばす。今年の年末には海外での販売も始まる。学生時代から洋服のネット販売で磨いたセンスが、日本の伝統産業に新しい風を吹き込む。
正統と革新を詰め合わせ
ブランド名を兼ねた社名は「つ・い・つ・い」(東京・港)。「ついつい食べてしまうあられを目指しているので。私自身、会社勤めをしていたころ、机の引き出しに菓子を常備していましたから」と、代表取締役の遠藤貴子さん(34)。好きなものを作り、楽しい経験を売る。そんな充実感が伝わってくる。
いま用意しているのは、例えば以下のように名づけたあられだ。デンマーク産チーズをまぶした「リッチ・カマンベール」。国産スルメイカを使った揚げもち「いか」。エビと天然塩の「黄金の海老」。大粒の黒コショウが入った「黒胡椒」。13種類のスパイスを調合した「シーフードカレー」。こうした定番品に、季節の商品が加わる。
奇をてらったわけではない。もち米には「わたぼうし」という高級品種を使い、職人が丁寧に作る。合成着色料、保存料、人工甘味料などは使わない。商品は遮光の小袋に入れる。光に当たると風味があっという間に落ちるからだ。シリカゲルや乾燥剤、安定剤なども入れていない。その代わりに袋の中は窒素で充てんしている。手間やコストはかかるが、こうして品質の劣化を防ぐ。
竹製のかごに小袋を詰め、ふわりと布で縛って包んだ商品も。日本的であり、どこかかわいらしく、同時に現代的でもある。季節に合わせ、色使いや包み方を変える。アイデアは約10人のスタッフで出し合う。「手間をかけます。大手に後追いでまねされないように」。詰め合わせ用の箱も工夫した。紙箱は日本に長く住むフィンランド人のデザイナーが、家紋をイメージして作った。
あられといえば、商品は単色で、素っ気ないビニール袋か銀色の缶入りで、どちらかといえば年配者の食べ物。そんなイメージをひっくり返したかった。「昔からあられが好きだったんです。でも、人にあげた時、(洋菓子などに比べ)感動がいまひとつなのが寂しくて。もっとあられに感動を! と思ったんです」
顧客には若い世代もいれば外国人もいる。大手企業が外国人向けの日本土産として継続的に購入するケースも増えた。「若い人が年配の人にプレゼントする例も多いんです。洋菓子は喜ばないかもしれない人でも、あられなら喜んでもらえるから、と」
女性を中心に、身近な人同士でちょっとした贈答品、いわゆる「プチギフト」のやりとりが盛んだ。そこではセンスが問われる。世代を超えたコミュニケーションも、ひところより盛んになっている。そうした時流にも、「つ・い・つ・い」は合致しているようだ。
就職活動で出遅れ、会社を転々
「商売」に、昔から興味があった。学生時代にはすでに、気に入った洋服を買い付け、ネットで販売するビジネスでお金を稼いでいた。「就職活動のとき、どこの求人を見ても、今より収入が下がるなあ、と。そう思っているうちに出遅れてしまって」
結局、「つぶしがきくだろう」と金融界に目が向き、大手都市銀行の子会社に契約社員として就職。海外送金の事務を担当した。伝票はすべて英語。1枚何億円という額だ。ミスは許されない。職場へは私物持ち込み禁止。机で菓子を食べるなど論外だ。「合わなくて1年で辞めました」。ただし、このころの訓練で、今でも伝票関係は強い。英語も平気。「つらかった経験が役に立ってます」と笑う。
「高いものを売る仕事を経験してみたい」と不動産会社に転職し、高級賃貸の営業を担当。さらに美容関連会社に転職したが、その会社が3カ月で倒産。「人生を会社に振り回されたくない」と起業を考え始めた。
世界に咲かすあられの花
前職での知人が、新潟県の米菓工場の話を教えてくれたのは、そのころだ。従業員は60人。この道何十年というベテラン職人もいる。「日本の伝統文化が、1つ失われてしまう」。若者、女性、外国人、デザイン、ネット販売。これまで培った経験を投入した。先方の社長がちょうど女性に交代し、話が通じやすくなったことも幸いした。
新会社でフル活用したのはネットだ。外国人にアンケートをし、ワインに合うチーズ味などを取り入れた。2010年に、まずネット販売を開始。その後、六本木ヒルズや都内の百貨店などで期間限定の店舗を運営した後、昨年末に都内のJR駅ビル「ルミネ北千住店」内に初の常設店を設けた。今後は東京圏に5店前後の店を構える構想だ。年末には東南アジアの首都の日系百貨店に売り場を設けるべく準備を進めている。材料や製法について、イスラム教徒でも食べられることを証明する「ハラル」認証も取得する。
期間限定の店を開き、自分自身が店頭に立ち販売していたころ。ギフトを探しているらしい客が立ち止まり、こうつぶやくのを聞いた。「まあ、『せんべい』でいいか」。あられはもち米、せんべいは普通の白米であるうるち米で作る。全く違う商品だ。
業界ではもちろん常識だが、ふつうの人の認識はその程度。しかもせんべい「で」いいか、というのが、多くの若い世代にとっての和菓子の位置付けだと、改めて実感した。伝統があり、安心でき、人口にも膾炙(かいしゃ)している。市場が急に消えることもない。そう考えればプラスだ。しかし――。
「日本が誇る伝統保存食の『米菓』に、もっと親しんでもらいたいんです」。窒素充てん、遮光袋など、風味が飛ばない工夫をするのも、輸出をにらんでのこと。国内でも海外でも、市場はもっと広がるはず。そのために、正直な生産者と共に独自商品を作り、独自の手法で売る。「ちょっと、ぜいたくなあられ」で狙うのは「世界一のあられ屋」だ。
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