「自我より公」で判断を 広がる女性起業の機会
吉香社長・吉川稻氏
Wの未来 会社が変わる
佐藤栄作元首相の秘書を経て1979年に通訳・翻訳事業を手掛ける吉香(きっこう=東京・千代田)を起業、全国商工会議所女性会連合会の会長でもある吉川稻(きっかわ・いね)氏に、女性起業家を取り巻く環境や女性の働き方について聞いた。
――今は女性にとって起業しやすい状況にあると思いますか。
「女性の起業数は景気動向によって左右されがちで、ここ数年は抑えられている傾向にあります。ですが、国などが起業家を助成する体制も整い、あちこちで起業家向けセミナーも開かれています。私が34年前に起業したときは支援も何もなく全て手探りでした。今は起業するチャンスが広がっているのは確かです」
「ただ、女性が金融機関から融資を得ようとすると夫を保証人にするよう要請された、という例も耳にします。いまだ壁は多少高い部分があるのではないでしょうか」
――安倍晋三内閣は女性の活躍を成長戦略の中核と位置づけました。追い風になるでしょうか。
「成長戦略で掲げられた内容をどう具体的に形にするか。5年、10年かかろうと、実現していくことによって初めて女性が活躍できる環境が整うのではないでしょうか。男性社会の壁はまだ厚く、女性側にも学びが足りない部分がまだあります。ですが大きな変わり目を迎えているのは間違いありません」
――女性の起業家に特徴はありますか。
「女性は生活の中で編み出した工夫を他人に伝えようと起業するケースが多いように思います。ただ、長続きする企業は限られています。全国商工会議所女性会連合会では女性起業家を毎年表彰していますが、創業5年未満の企業からの応募は多いのに、創業5~10年の企業はぐっと減る。企業を存続させることは難しい。女性の場合、問題が生じた場合に他人への依存心が抜け切れない特質が出てしまう面があるように思います」
――依存心を断ち切らなければならない?
「企業を長く続けるには他人からの信用を培うことが大事。そのためには礼儀や感謝が不可欠です。仕事はわがままが許される場ではありません。無心、無欲の精神を持ち、自分自身で徹底的に考え抜いて最善の策を見つけなければいけません」
「私は倒産の危機に直面したことがあります。1990年代、海外進出など事業拡大していたさなか、従業員に会社の資産を持ち逃げされて資金繰りに行き詰まりました。当時は日々の資金繰りに苦しみながら、部下の前では気丈に振る舞っていました。ですがある日、事務所に20個ほど置いていた大好きなランの鉢植えが全て枯れてしまったことに気づきました」
「その時、『私の代わりに枯れたんだ、苦しい思いを代わりに引き受けてくれたんだ』と鉢植えへの感謝の気持ちが全身にわき上がりました。恨む気持ちが変化し、これまでは他人への感謝の気持ちが足りなかったのだ、と思うようになりました。するとそれから渦を巻いたように仕事が舞い込み始めました」
「業績が右肩上がりだった時には部下を責めてばかりいました。部下から業務について問われると全部答えていた。ですが、その時からは従業員と一緒に成長しようと考えるようになりました。今は従業員全員に壁の乗り越え方を自分でとことん考え抜いてもらい、その過程を毎月リポートで報告してもらっています。自我よりも公のことを考えるように促しています」
――女性はこれまで男性優位の社会で我を出さないと生き残れなかった、という側面はありませんか。
「男性に言わせると、女性組織は時間をかければ簡単につぶせるのだそうです。男性同士は結束力が強い。内心では相手がおかしいと思っても口に出さず、全体の守りに入る。一方で、女性は大きな目標を前に大同小異でも結束し他人を応援する、ということが少ないように思えます。自我や損得勘定を重視するより、強い信念を持ち公に資するためという判断ができるかどうか。そのような気持ちにならなければ、女性の自立、女性が本当に活躍する社会というものは実現できないのではないでしょうか」
「男性もそうした女性たちを冷たい目で見ているだけで助けもしない。男性側も女性を育てようという気持ちを持たなければ、事態は一向に変わりません」
――女性は仕事と子育ての両立、という"公"と"個"との両立を社会から求められて苦慮しています。
「家庭と仕事を分離して考えるとうまくいかないのではないでしょうか。自分が生きていく使命が何かということを軸に考えれば、現実を見据えて最善の方法が見つかるのでは。人間は自分の器に合った仕事しかできません。仕事を通じて人間の器を広げれば、その分だけ物事を広く見たり感じたりできるのではないでしょうか」
(聞き手は林さや香)
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