エンタメ!

歴史博士

清盛はグローバリストだった!? 平家論の見直し広がる

2012/1/5

厳島神社(広島・宮島)

平清盛(1118~1181)の先見性を見直す研究が進んでいる。驕(おご)れる平家の頭領、権力の簒奪(さんだつ)・独裁者、旧体制の大物といった従来のイメージとは反対に、時代を先取りしたさまざまな政策、決断を再評価する動きだ。当時の東アジア情勢を踏まえて源平の戦いを鎖国派と開国派との争いととらえる視点も出てきている。「新たな時代の扉を開いた」とされる最新の清盛像を追った。

■もし平氏政権が続いていたら…

「もし平氏政権が続いていたら約200年後の室町幕府における足利義満のように強力な政治体制を構築していただろう」――。京都大学の元木泰雄教授は断言する。足利義満の時代は室町時代の最盛期。金閣寺などを建立し、対外的には「明」との勘合貿易を推進した。

「清盛も朝廷権力を吸収して武士と貴族との『公武一体』の体制が完成したはず」。歴史に「イフ」は禁物だが、あえて同教授はもう一つあったかもしれない日本史像を示す。

元木教授は著書「平清盛の闘い」(角川書店)で治承3年(1179)に後白河法皇の院政を停止・幽閉して政治権力を掌握した政治的決断を重視する。元木教授は清盛を「鎌倉幕府を開いた源頼朝より先に中世の武士の時代を開いた」と位置付ける。武士の時代は力のある者が昇っていく実力主義の時代でもある。

もともと、清盛は院政時代における軍事貴族として太政大臣まで昇進した旧体制側の人物のはずだ。「貴族社会のまっただ中にあって院政の否定、天皇擁立、遷都と大きな改革に立ち向かっていった。突然の死がなければ様々な可能性があった」(元木教授)と体制内からの改革派として高く評価する。

エンタメ! 新着記事

ALL CHANNEL