「末の松山浪こさじ」百人一首に残る1100年前の大津波の秘密

2011/12/21

歴史博士

「契りきな かたみに袖を 絞りつつ 末の松山 浪こさじとは」(約束しましたよね。涙を流しながら。末の松山が浪を決してかぶることがないように2人の愛も変わらないと。それなのに)

子供の頃から慣れ親しんできた「百人一首」。だが、その成り立ちから1句1句に至るまでナゾも少なくない。変わらぬ恋心を暗示する「末の松山浪こさじ」もその1つ。みやびな歌枕の中に平安初期、東北で起きた巨大地震、貞観地震(869年)の記憶が刻み込まれているという。

作者は清少納言の父

百人一首42番。作者は清少納言の父、清原元輔(908~990)だ。恋人の心変わりをとがめる歌を代作したとされる。男女の変わらぬ愛の誓いを松山の美しい景色にたとえた優雅な表現「末の松山浪こさじ」は、みちのく(東北地方)を代表する格調高い歌枕として百人一首ばかりではなく、古今和歌集や西行法師、藤原定家ら多くの歌人に詠まれてきた。

歌枕の「末の松山……」は、太陽が西から昇らないように決して起こらないたとえとして、海岸にせり出した松山をイメージしたもの――。子供の頃そう教わった読者も多いのではないか。

しかし、ここにでてくる「浪」とは、通常の波ではなく、貞観地震で起きた大津波のことであるという。しかも、その松山があるときき、宮城県多賀城市を訪ねてみた。

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「末の松山」は海から2キロ内陸