貞観地震の1100年前はどんな時代? 動乱に揺れた平安貴族

2011/4/18

歴史博士

869年の貞観地震・津波は東日本大震災と類似するという(写真は津波で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町)

東日本大震災と類似するとされる869年の貞観(じょうがん)地震・津波(貞観11年)。大地震は平安京(現・京都)を舞台に都会的な貴族文化を享受していた人々の安全意識を一掃した。さらに政治面でも藤原氏中心の摂関制が確立されるなど貞観(859~877年)期は波乱の時代だった。

この時代は空海、最澄らが中国から持ち帰った仏教文化が花開き「弘仁・貞観文化」と呼ばれる。中国の文学などを学ぶ紀伝道、漢詩集の編さん、曼荼羅(まんだら)といった密教文化、豊満で神秘的な仏像などが特徴。仏教への帰依による安心感から「安全神話」も広がっていたという。

官僚試験に「地震」の問題

しかし、保立道久・東京大学史料編纂所教授は「9世紀は天地動乱の時代」と位置づける。若き菅原道真が受験した貞観12年の高等文官試験には「地震を論ぜよ」という問題があったほど。「前年の地震に対する朝廷の動揺の大きさが分かる」(保立氏)。

宗教面でも、「安心」を与える仏教とは異なる思想を誕生させた。保立氏によれば、「忌み」の思想と言われる神道が「火山・地震という自然の猛威を再認識した中で生まれた」という。

政治の分野でも大きな変化が起こった。貞観8年の「応天門の変」だ。大内裏にあった応天門が焼失した事件で朝廷の権力争いが複雑に絡んでいく。犯人捜しは二転三転、真相は現在も不明だが、最後は名門・伴一族の失脚で決着した。ライバル氏族を朝廷から追放し藤原氏トップの良房が摂政の座に就き、藤原氏の政権独占が始まった。

次のページ
富士山・阿蘇山が噴火