仕事場は森 将来見据える「林業女子」の選択
チェーンソーを木の根元に当てた瞬間、細身の彼女から山で生きる覚悟が伝わってきた。がに股で、体とチェーンソーを安定させると、轟音(ごうおん)とともに木を切り出した。
■損をしない、もうかる形を作りたい
森林保全を業務とする東京チェンソーズ(東京都檜原村)に今春入社した大塚潤子さん(29)。父は大学教授、母は主婦。まつげをカールした姿から、チェーンソーを担ぐ姿は想像できない。しかも、出身は東京大学だ。農学部で森林について学んだが、林業を仕事にする考えは毛頭なかった。
新卒で就職したイベント会社に4年勤めた。東京・中目黒に住み、電車で職場に通う日々。仕事に満足感がないわけではなかった。ただ「3年たったら、もう一度やりたいことを見直そうと考えていた」。浮かんだのは学生時代に見た理想と現実の乖離(かいり)に苦しむ林業の現場だった。伐採期を迎えた山は、人手が少なく荒れていた。
「私は現場の役に立てないか」。そう思ったとき、林業ベンチャーの東京チェンソーズを知る。新入社員の募集はなかった。それでも履歴書を送り、熱意をアピールした。「こんなのは初めて。社員全員で議論しました」(東京チェンソーズの木田正人さん)。今年5月、就職がかなった。
朝5時半に起き、山に向かう。荷物が重く、しんどいときもあるが、都会の満員電車の方がつらかったかもしれない。
木は根元を切ってもすぐには倒れない。ロープで引っ張りいかに横倒しにするか。コツをつかもうと懸命に修練を積む。「都会の人と山をつなぐ仕事にしたい。山で損をしない、もうかる形を作りたい」。理想をかなえるには、まず仕事を覚えることという思いが挑戦を支えている。
■山の将来、私が守る
木を切るだけが森への就職ではない。北海道層雲峡地区で森林パトロールをする今広佐和子さん(26)は、林野庁の森林官として森の管理に当たる。数十年後の森を守るため、伐採のしすぎや粗い植林に目を光らせる。年上の林業者への指摘は気が引けることもある。だが「山の将来に責任を負っている。毅然とした態度を取らないと」。
行政の立場から森林に関わりたいと、国家公務員1種採用試験を受験。合格後、林野庁に入った。友人に頻繁に会えず寂しいこともあるが「春は花が咲き、秋は美しく葉が色づく。自分がこんな場所を守れるのは幸せ」と語る。
今広さんの受け持ち範囲は広い。移動は雪道でも乗りこなせる4WDだが、山の入り口からは歩くしかない。腰のベルトには万が一のための薬袋、鉈(なた)、クマよけの鈴、クマ撃退スプレーなどが下がる。道なき道を行くといきなりエゾシカに遭遇し、ドキリとすることもしばしばだ。
森は住宅用の材を供給するほか、薪(まき)を燃料として山間部で暮らす多くの人を育んできた。しかし戦後の都市化の流れの中で多くの森は過疎化し、傷みが目立つ。
■森と都会つなぐため… 残る、去る
定住者を作る自治体の取り組みから、そのまま山に従事する女性もいる。高知県いの町の木ノ瀬森林整備組合で働く野尻萌生(めぐみ)さん(26)は、森林伐採や、製材所の作業などに当たる。
大分県の立命館アジア太平洋大学でグローバル化について学び、3年生の終盤から東京で就職活動に臨んだ。リクルートスーツを身につけた自分を見たとき、何とも言えない違和感を覚えた。「これでいいのか」。就活も連戦連敗。何がしたいのかが見えなくなった。
そんなとき知ったのが、高知県の「地域おこし協力隊」。農家の特産品作りを手伝えば、3年間は自治体から給与が出る。やってみるか。採用が正式に決まったのは卒業直前の3月だった。
3年後。森で自立するか、都会に戻るかの選択を迫られ、森に残ることを選んだ。林業だけでなく、ソバやシソの栽培支援や地域の自然体験宿泊施設の手伝いもこなす。「里山に仕事は100種類ある。今は小さい仕事の一つ一つを創造する作業を楽しんでいる」
同じ協力隊でも、森を去る女性もいる。岐阜県中津川市で活動する日吉沙絵子さん(24)は来春、中津川での仕事に一区切りつけて帰京する予定だ。「中津川の森の素晴らしさを伝える仕事はしていきたい。でも、情報発信は東京のほうが効率的かも」。都会にいながら、森とつながり働く姿を模索していく。
1本の木を丸太で売れる太さに育てるには、数十年の月日がかかる。植林後にも下刈りや間伐、枝打ちなどを続ける必要がある。育成過程は大きな収入にはならない。林業は世代を越えた分業が求められる産業だ。
戦後の高度成長期に割安な輸入材が大量に流入し、森は仕事場としての魅力を失った。ただ、戦後に植林された木の多くが収穫期を迎えており、高い利用価値を備えた森が増えている。環境保全への配慮などで外国材の輸入も減り、木材の国内自給率は18%だった2000年を底に回復基調にある。それに応じて、減少が続いていた林業従事者数も5万人前後で底を打ち始めた。経済成長と都市化の陰で、忘れられてきた職場に、新たな可能性がのぞき始めている。
(宇野沢晋一郎、黒瀬幸葉、写真 湯沢華織)
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