主婦のやる気、職場で開花 小売り・外食の最前線
「このスンドゥブ、ごま豆乳ベースだから辛くないの」「豆腐と野菜入れるだけ。ボリューム出るし」。宮本久美さん(44)は埼玉県が地盤のスーパー、ヤオコーの前橋日吉店(前橋市)で1日4時間働く。宮本さんに任された「クッキングサポート」売り場は単なる試食コーナーとは違う。
9月半ばから涼しくなってきたので、スンドゥブの新製品を一面に並べるよう提案した。シニアが多い店の特徴も考え、担当社員に発注量の感触を伝える。売り場に出ると旬のきのこを使った料理を数品、手早く作って店頭に並べた。「どんな味付けにしてるの?」「ちょっとイタリアン風にできない?」。客から自然と声がかかり、会話が始まる。献立づくりは主婦共通の悩み。狙うのは「食のよろず相談所」だ。
「主婦から見て店員さんがあいさつしない店は嫌。明るく活気のある店で働きたかった」。次女が1歳になったのを機に働き始めて丸4年。「皆に『もっと売れるよ』と背中を押してもらって、数字で結果が出るとうれしくて」。小中学校の給食献立表を掲示して夕飯とかぶらないよう促す、昼の番組で紹介された商品をすぐ置くなど、売り場は主婦目線を極めていく。
ヤオコーは全127店の約9割にクッキングサポートを設置。今では「あの人のお薦めだから信じられる」と固定客をつかむ。社員の約5倍にあたる約1万人のパートが「考え抜いた」売り場づくりが、2013年3月期まで24期連続増収増益の原動力になった。
「新しい機能の使い方はわかりますか?」。ぐるなびの斉藤かおりさん(40)は週1回、東京・池袋の居酒屋「香家」に出向く「エリアラウンダー」だ。ぐるなびの使い方や流行の食材、人気店情報を伝えつつ、店が困っている点を聞き出す「ご用聞き」が仕事だ。
丸山亨店長は「厨房は男ばかり。新商品の試食など女性の意見はありがたい」と信頼を寄せる。「送別会のオプションは食べ物ではなく写真や花束の方が喜ばれますよ」との助言で予約も増えた。
エリアラウンダーは05年に導入し、現在は250人。ほぼ全員が女性で、高1と中1の娘を育てる斉藤さんを含め8割が主婦だ。週3日勤務の斉藤さんの目線は来店客から見えない部分にも行き届く。従業員の体調や服装の乱れを指摘し、パート管理の難しさを嘆く店長の愚痴を聞く。マニュアルはない。こまやかな気配りに基づく支援体制が飲食店の信頼を生み、ぐるなびの競争力につながる。
パートやアルバイトなど非正規社員として働く人の増加は続いている。総務省の12年就業構造基本調査によれば、役員を除く雇用者のうち非正規の占める割合は過去最大の38.2%で、20年前に比べて16.5ポイント上昇。女性に限れば57.5%に達し、主にサービス産業を広く支えている。
すかいらーくが運営するファミリーレストラン「ジョナサン」鹿嶋店(茨城県鹿嶋市)の小島郁子店長(43)は夜は家事と育児に追われる主婦だ。働き始めた01年当時は「住宅ローンの足しになれば」と深夜3時間だけ。契約社員に引き上げられた今は「24人いるパート全員が働きやすい店づくりが目標」と言い切る。
「このお料理で、この代金をもらえると思う?」。盛りつけがメニュー写真と異なるなど、商品の質を左右するミスには厳しい口調で注意する。一方、子どもが発熱したので休みたいと電話があれば「熱は何度?」「今の時期ならプール熱かもしれないね」と親身に話を聞く。かつて同じパートだったからよくわかる。
「接客能力が高い優秀な主婦パートに働き続けてもらい、地域密着を進めたい」。すかいらーく人財本部の山本優夏さんは、小島さんのような契約マネジャーに期待をかける。77人のうち50人が女性で、8割が主婦だ。意識の高い主婦リーダーが別の主婦の働く意欲まで引き上げる好循環をつくりたいと考える。
やりたい仕事であれば責任が重くてもいい「しっかり働きたい派」と、あえて大変な仕事はしたくない「そこそこ働ければよい派」――。求人情報のアイデム(東京・新宿)はパートタイマー白書2013(回答者の66.5%が女性)で求職者を意識別に調査した。
「働くことが好き」と回答したのは「しっかり派」で29.4%だったが、「そこそこ派」は10.7%どまり。「仕事を通じて専門知識や技術を身につけたい」はしっかり派の90.4%を占め、そこそこ派を25.2ポイントも上回った。
「決して恵まれてはいない待遇でも、いいかげんな仕事はしない。そんな真摯な労働力が企業にとっての宝になる」。パート労働問題に詳しい、働きかた研究所(東京・千代田)の平田未緒社長は分析する。企業が責任を与え、働き手がやりがいを感じたとしても「働きやすさや処遇が低いままでは燃え尽きてしまう」。企業はしっかり派の存在を把握し、適切な育成方針を示す必要がありそうだ。(馬淵洋志、松本史)
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