高知の山里で起業、ネットショップと子育てを両立
自作スイーツをネットで売るには(1)
今回紹介するのは、町面積の9割近くが森林という高知県・土佐町に夫妻で開いた焼き菓子のお店「ぽっちり堂」。「家庭生活と両立しながら働きたい」「地元素材の手づくりギフトで幸せを届けたい」。ふたつの思いを形にしたぽっちり堂の物語は、地方でのネット開業を志す人の道標となるでしょう。
【ぽっちり堂】高知の山中に開業。焼き菓子を軸に、ネットショップ運営と子育てを両立
・つくるお菓子は10種以下
・用途ごとのイラストラベルで、70の商品に展開
・高知の山の中でも、月商は100万円超
ぽっちり堂の強さの理由
ていねいなアフターフォローで、リピーターが徐々に増加
2 「何の店か」をわかりやすく
トップページには商品写真を大きく掲載。店のこだわりは簡潔に
3 商品数の多さで店のにぎわいを演出
つくるお菓子は10種以下でも、ラベルの違いで70アイテムを展開
4 マンガで読まれるメルマガに
開封率の高いメルマガは、いつも自筆の4コママンガが魅力に
5 実店舗でも通販を宣伝
週末には60人を超すカフェの来店客にも、お菓子のアルバムで通販商品をアピール
無理なく働くため、お菓子のネット通販を仕事に
「『仕事はつくればいい』が持論だったので、ここに住むことに不安はありませんでした」と話す「ぽっちり堂」のオーナー、川村圭子さんは、大阪府の出身だ。京都で夫の幸司さんと出会い、2004年に結婚。京都では、幸司さんが障害者施設に勤務し、川村さんは陶芸作品やイラスト入りTシャツを手づくり市に出品するなどの活動を行っていたが、2006年、妊娠を機に、自然豊かな場所で暮らそうと、幸司さんの故郷である高知県土佐郡土佐町に移住した。
パンやケーキの教室にも通うなど、もともと料理やお菓子づくりが好きだった2人。その腕を生かし、夫婦で民宿を開くことも考えたが、拘束時間が長く、子育てとの両立は難しいと判断して、断念した。どんな仕事なら家庭生活を充実させつつ、無理のないペースで働けるか。出した結論が、焼き菓子専門店。近隣で収穫される無農薬や減農薬の農産物でギフト用の焼き菓子をつくり、他店に卸したりインターネット上で売ったりする、というビジネスだった。
ギフト商品は単価が比較的高いため、割高な無農薬の素材を使っても採算が合う。また「緑豊かな山の工房で手づくりしたお菓子」というコンセプトは、「ありきたりでないものを贈りたい」という近年の消費者マインドにも合致する。「日持ちのする焼き菓子が主体の商品構成なら、つくり置きもできるため、仕事量をコントロールしやすいとも考えました」と川村さん。
試作を重ねたすえに地元産の卵などを使ったクッキーやパウンドケーキを商品化し、「まずは力試し」と近くの「道の駅」に卸した。PP袋に詰めたあと、川村さん自作のイラストラベルを貼った焼き菓子は目をひき、たちまち完売してしまった。
手ごたえを感じた川村さん夫妻は、卸し先を引き続き開拓する一方、ネットショップ運営サービス「Eストアーショップサーブ」を使い、2007年8月にネットショップを開設した。トップページには「高知の自然素材で手づくりしたやさしい味」「包装材も手づくり」など、店のこだわりを表す文章ものせた。
本格的な開業に向けて、約100万円かけて製造スペースも新設した。それまでは自宅のキッチンで製造していたが、自宅の一部をリフォームして5坪ほどの工房をつくり、シンクやガスオーブンを設置した。
当初の注文は月に数件だったが、手書きの礼状を送るなどアフターフォローに努めると、リピート客が徐々に増えた。地元の雑誌やテレビなどに紹介されたことも手伝い、ネット通販の月商は開業翌年の2008年には20万円台に上昇した。
食べ手と直接ふれあえる実店舗も開業
やがて常連客から「工房を見たい」「土佐町がどんなところが知りたい」との声があがり、川村さん夫妻のなかにも「お客さまと直接ふれ合いたい」との気持ちが強まったことから、2人は自宅の敷地内に2階建てのカフェ兼工房を新設することにした。ネットショップや卸し用の焼き菓子の製造と、カフェメニューの調理を同時にすすめられるよう、工房面積は8坪を確保し、2010年1月にオープン。その後、幸司さんが土佐町に移住者を呼び込むNPO法人に勤めはじめたため、現在は2人のスタッフの力を借りながら、川村さんが店を運営している。
ホームページは、カフェ開店後、外部デザイナーにデザイン変更と運営管理を依頼することにした。「原材料や生産者のストーリーなどのこだわりが商品以上に目立ち、何のお店かわかりにくい」とデザイナーに指摘されたため、トップページには商品写真を大きくのせ、こだわりは短いキャッチフレーズのみを控えめに記載。クリックして詳細な説明にとぶ形に改めた。
用途ごとにラベルを描き、販売機会を増やす
現在のサイトで目に付くのが、約70という商品数の多さだ。そのうち50品はよもぎ、しょうが、くるみ、チョコレートの4種のクッキーを詰めた「ハッピークッキー缶(以下、クッキー缶)」。「出産内祝い」「新築引っ越し」「卒業」など用途ごとにふたに貼るラベルのイラストを変えているものの、中身はすべて同じだ。また残りの20品は、クッキー缶とパウンドケーキの詰め合わせや、高知県産の柚子(ゆず)シロップなど外部の商品を加えたセット商品。商品数の多さに反し、実際に製造するアイテムはクッキーとパウンドケーキを合わせて10種以下にすぎない。
「製造するアイテムは、意識的に少なくしています。製造を効率化し、原材料のロスを減らすためです」
自家消費が主体ならば中身が同じでは飽きられてしまいかねない。だが、ぽっちり堂はギフト需要がメインのため、その恐れは少ない。「重要なのは、クッキー缶のイラストラベルのバリエーションを豊富にし、"用途を増やす"ことだと考えています」と川村さん。常連客の購入機会が増える他、用途に応じたギフト商品を探している新規客が、たとえば「出産内祝い ギフト 焼き菓子」といった検索でホームページにたどり着く可能性も高まるためだ。
クッキーは、保存性の高い缶入りに
カフェには透明なプラスチック容器入りのクッキーも用意しているが、通販ではこのイラストラベルを貼った缶入りをおもに販売している。理由のひとつが、缶自体の丈夫さ。缶の内側に紙の仕切りを立て、その幅に合ったサイズのクッキーをおさめていることもあり、配送中の破損事故は少ないという。また、缶の品質保持機能の高さも見逃せない。
「シリカゲルも同封しているため湿気にくく、未開封なら2ヵ月近くクッキーの風味が保たれます。光を通さないのも缶のよさでしょう。おかげで、よもぎのパウダーなど、天然色素をクッキーの色づけに使えます」
食べたあと、物入れとして手元に置いてもらえるのも缶のよさ、と川村さん。「ぽっちり堂を思い出すきっかけとなり、また注文してもらえるのです」。
素朴で温かみのある商品のイメージに合わせ、クッキー缶のラベル、パウンドケーキに巻く帯、包装紙、パンフレットなどはすべて川村さんがデザインしている。"手づくり感"を醸し出すため、原画は色鉛筆やクレヨンで描き、スキャナーでパソコンに取り込んでイラストレーターで加工する。
一方、外部デザイナーとのコラボレーションにより、一部のパッケージラベルのデザインを「大人っぽい高級なもの」に変更。ラベルの印刷も印刷所に外注することにした。従来の「ほんわかライン」に加え、「高級ライン」も投入した狙いはふたつあると川村さん。ひとつは新たなラインを選択肢に加えることで、常連客のギフト需要をより一層高めるため。もうひとつは今後、展開を考えている卸売りへの布石だ。
「卸し先で商品を購入するのは、これまでの当店のファンとは異なる層です。そうした方々に手づくり感や素朴さをアピールしても購入にはつながりにくい。当店に関する予備知識がない方々がパッケージを見ても、すてきだなと感じてもらえるデザインも用意すべきだと考えました」
クッキー缶のうち、大量に用意する定番商品のラベルの印刷は業者に依頼するが、季節商品など小ロットのラベルは店のプリンターで出力し、1枚ずつカットして貼っている。たとえ手間はかかっても、さまざまな用途の商品を取りそろえるためには欠かせない作業だという。
スタッフの自主性を引き出し、コア業務に集中
受注確認、製造、発送は2人のスタッフが行う。レシピを守るよう徹底し、梱包手順をマニュアル化するなどミスが起こりにくい態勢をとるほか、朝礼で「この商品を〇個つくり、〇時までに梱包を終えて、発送する」とスタッフがその日の行動計画を発表。それを川村さんが確認し、製造量などに関する思い違いを未然に防ぐ。それでもミスが起こったときは、発生経緯をスタッフが検証。場合によっては、スタッフがみずから改善案を策定し、「新ルール」とすることもある。
「みずから改善したルールなら、守ろうという意識が高まり、ミスが減ります。たとえば朝、数人で注文詳細を読みあわせ、梱包前後にフォローし合うやり方も、スタッフが考え出してくれたもの。のしやカードをうっかり入れ忘れるといったケアレスミスを防ぐために役立っています」
また、スタッフが主体的に働けば、川村さんは商品開発などのコア業務に集中でき、仕事の負担が減る。
「子育てしつつ、通販とカフェ業務を並行して続けるには、オーナーだからとひとりで何もかも抱え込まないことが大切だと思っています」
メルマガには、新商品の紹介やポイント割引情報などをのせ、毎週1回配信している。特徴的なのは、子どもとのふれあいや土佐町での暮らしぶりなどを題材に、川村さんが4コママンガを描いている点。マンガは文章よりも気軽に読めるためか、ホームページの運営管理を担当するデザイナーによれば、同店のメルマガの開封率は、そのデザイナーが運営管理を行っているネットショップのなかでは、かなり高いほうという。
「カフェに初めていらっしゃった方が、『いつもマンガを読んでいます』とお土産をくださったこともあります。リリースのたびに注文数が跳ね上がるといった即時的な集客効果は感じませんが、メルマガがお客さまとの関係づくりに役立っているのは確かです」
店の人気をネットにもつなげる
ネット通販の売り上げは、現在月に30万円ほど。底上げには「週末には60人を超す」というカフェの来店客にネットショップを利用してもらうことも重要だ。
これまでも店内には通販商品のチラシを置いていたが、注目度はあまり高くなかった。そこで通販商品の写真をアルバムに貼り、物販コーナーに置いてみたところ、開いて見入った後、通販の注文用紙を持ち帰る人が増えてきた。
「カフェのお客さまには、ぽっちり堂がネットショップでもあることをご存じない方も多いようです。今後はアルバムをテーブルごとに置き、通販商品の存在をアピールしていきたいです」
近隣の農家から新鮮な素材を入手できることは、地方開業のメリットと川村さん。半面、店が少なく一部の製菓材料が入手しにくい点は弱みといえる。平常時はネット通販で購入できても、天候不順などで品薄になればお手上げだからだ。
「数年前、深刻なバター不足に直面したことがきっかけで、仕入れ先をネットショップに集中させるのは危険だと思うようになりました。バターなどの原材料の不足がいつまた起こっても不思議はありません。『必要な原材料を確実におさえてくれる有力な卸売り業者と、ふだんから取引する』『複数の購入先を確保する』といったリスクマネジメントを行い、どんなときも確実に仕入れができる態勢をかためています」
【ネットショップ 5つのQ&A】
A 当店は、ホームページの運営管理を外部の業者に委託していますが、それでも商品説明やメルマガの原稿作成などにはどうしても時間を取られます。そうした労力や外注費がばかにならない点は、ネットショップの短所。ただ、それを差し引いても余りあるよさが、全国のお客さまとつながれる点。パソコンを介してでも「おいしかった」の言葉をいただけると、とてもうれしい気持ちになります。
Q これまでに経験したトラブルは何ですか?
A あるお客さまから、「クッキー缶とパウンドケーキのセットをギフトとして友人に送ってほしい」との注文を受け、商品を発送しました。ところがその数日後、宅配業者から「何度訪ねても、お届け先のお客がお留守。不在連絡票も入れているが、一向に連絡がない。どうすればいいでしょう」と電話連絡を受けました。
Q どうやってそのトラブルを切り抜けたのですか?
A 宅配業者に引き続き再配達を依頼し、同時にご注文主に、(1)注文を取り消す、(2)パウンドケーキの賞味期日まで再配達を続ける、(3)ご注文主宅に転送する、(4)ご注文主がご友人に連絡し、状況を聞く、のいずれかの対応をお願いしたところ、(4)を選択され、他所への転居が判明したのです。転居先を宅配業者に伝え、無事に賞味期日前に配達してもらうことができました。
Q この仕事で経験した印象に残るエピソードは?
A ネット通販の開始直後からご注文くださっている常連さんが、カフェ開業後、すぐに「おめでとう」と駆けつけてくださったことです。その方とは、いまも親戚のように緊密に連絡を取り合っています。また社用でぽっちり堂を利用なさっていたお客さまが、クッキー缶を結婚式の引き菓子に選ばれ、その後出産の内祝いにも使ってくださったことも、とてもうれしい思い出です。
Q ビジネスとプライベートをどう分けていますか?
A カフェ開店後、育児の時間が十分に取れなくなり、悩みました。考えたすえ、「子育て期間は短い。手取りが減っても、いまは子どもとの時間を大切にしよう」と私の勤務時間を短縮したところ、オフの時間もきちんと確保できるように。またスタッフにカフェの閉店業務などの仕事をまかせたことで、スタッフがいっそう責任感をもって仕事に臨むようになるという二次的な効果も生まれました。
~川村さんの1日のスケジュール~
7:00 朝食
8:45 ミーティング・カフェの開店準備
10:00 カフェの接客や料理、ホームページ用の文章作成や商品のイラストデザインなど
14:00 昼食
14:30 カフェの接客や料理
スタッフにネット通販用商品の梱包・発送の指示
原材料の仕入れ・会計・事務作業など
16:30 子どもの保育園のお迎え・家事
18:30 夕食
22:30 就寝
実店舗があるのは高知市中心部から車で1時間半の土佐郡土佐町。2010年、自宅敷地内に900万円かけて建築したカフェ兼工房は広さ約8坪で、1階6席・2階12席。地元産の木材をふんだんに使い、開口部を多く設けた光あふれる空間では2種類のランチの他、米粉を使ったロールケーキなど生菓子も提供。カフェ、ネットショップ、卸売りなどを含めた月商は100万円台。
明治学院大学卒業後、雑誌編集者を経てフリーランスに。著書に「カフェをはじめてみませんか?」(柴田書店)、「知っておきたい!働く時のルールと権利」(ぺりかん社)など。最新刊「スイーツをネットショップで売りたいあなたへ 全国12店のオーナーが明かす、小さなお店で成功するための店づくり・商品・売り方」(いずれも柴田書店)
[nikkei WOMAN Online2013年6月6日掲載]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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