新世代はどこに? カンヌ短編部門に出品
世界の中の日本映画(下)
丸刈りの監督はカンヌの雑踏に緊張気味に立っていた。短編コンペに「隕石とインポテンツ」を出品した佐々木想(35)だ。
巨大な隕石が上空にとどまっている。男はもう何年も妻を抱けない。自信を失った男は再び立ち上がることができるのか……。「震災や原発事故はまだ収束していないのに、忘れないと生きていけない。そんな状況を危険な隕石に象徴させた」と佐々木。製作費は150万円。2日で撮った。
早大在学中から劇団で役者をしていたが、映画にも興味があり「まず金をためよう」と東海地方の解体業者やパチンコ店に住み込みで働く。26歳で東京に戻り、映像制作のセミナーで学んだ。以来4本の長編を自主製作。「LEFT OUT ぴゅーりたん」はバンクーバー国際映画祭に出品した。今も結婚披露宴の撮影などの仕事で食いつなぐ。
出品作は経済産業省の若手人材発掘育成・国際ネットワーク構築事業に企画を提出し、助成を受けた。一昨年、短編コンペに46年ぶりに日本から出品された田崎恵美監督作品もこの助成を受けており、3年間で2本目の入選となった。
佐々木は賞を逃したが、日本勢の影が薄い短編部門に継続的に出品できただけでも意義はある。同部門の審査委員長を務めたニュージーランドのジェーン・カンピオンをはじめ、短編で注目され、長編コンペへ進出した監督は多いからだ。
カンヌ映画祭のジル・ジャコブ会長は記者会見で「若い映画作家を発掘、教育、モニターするのも我々の仕事だ」と語った。カンヌをはじめ多くの映画祭が若手育成策に注力する。カメラドール(新人監督賞)に輝いたシンガポールのアンソニー・チェン監督「イロイロ」は、同監督が2010年の東京フィルメックスの人材育成ワークショップに持ち込み、最優秀賞を得た企画。日本の映画祭が育てた新人と胸を張れる。
ただ、この種の育成プログラムに日本人の参加はいつも少ない。
コンペに出た是枝裕和、三池崇史をはじめ、塚本晋也、青山真治、諏訪敦彦、園子温ら国際映画祭の常連となっている日本の監督は大半が1960年代前半生まれ。少し上に黒沢清、少し下に河瀬直美がいるが、70年生まれ以降はほとんどいない。十数年前に30代の彼らが海外を目指したあと、続く世代がないのだ。
是枝や三池らは映画監督への確たる道筋もない中、テレビやCM、成人映画などで経験を積んだ世代だ。「自分を作り上げたのはVシネマ(オリジナルビデオ)。低予算だけど自由があった」と三池。「それを利用して世界が驚くものを作れた。Vシネマでもプリントにした瞬間、海外の人は欧州映画やハリウッド映画と同じ、1本の映画として見て、評価してくれた」
今の日本にはそんな"隙間"がなかなか見あたらない。だからこそ三池は新世代の台頭を待ち望む。
「僕が助監督になった時、将来カンヌに来ると思った人は1人もいなかった。それが現実。だから僕らの知らない所にいる次の世代が全然違うものを作ることを期待している。年をとった僕らも『負けられねえな』と何かを生み出せる」
(編集委員 古賀重樹)
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