よみがえった小津の色彩 ジャ、是枝も駆けつける
カンヌ映画祭リポート2013(12)
煙突の赤、ドラム缶の赤、消火栓の赤。小津の好きな赤だ。野球場の照明灯の背後に広がる宵の空は、深い青みを帯びている。料亭の器の緑、黄、赤が調和をなす。緑のラジオ、黄色のやかん、青い電話、赤いバケツなんていう奇妙なものもある……。
今年で生誕110年を迎える小津安二郎監督はカラー作品を6本残した。うち松竹が製作した「彼岸花」(1958年)、「お早よう」(59年)、「秋日和」(60年)、「秋刀魚の味」(62年)の4本を、東京国立近代美術館フィルムセンターと松竹が共同でデジタル修復することになった。まずは遺作「秋刀魚の味」の修復が完了し、23日、カンヌクラシック部門で世界初公開された。
公開から半世紀を経た小津のカラー作品のフィルム原版は「緩慢な劣化が進んでいた」(岡島尚志フィルムセンター主幹)。「お早よう」の場合は原版からプリントを焼くことが困難な状態になっていた。
この原版を最新のデジタル技術を使って「小津が意図したであろう状態に復元する」(岡島氏)のが修復の狙いだ。画像の修復は当時撮影助手だった撮影監督の川又昂と、川又の助手だった近森眞史、音声の修復は当時の助監督の田中康義が監修した。
オリジナルのネガを解像度4K(4096×33112ピクセル)で一こま一こまスキャンし、デジタルデータ上でフィルムの傷を修正。小津の製作意図を監修者と綿密に打ち合わせながら、色調と画調を調整した。
さらに保存では三色分解方式を採用。映像を赤、緑、青のデジタルデータに分解し、各データを黒白フィルム3本に分けて記録し、保存する。現時点で最も確実なカラー映画の保存方法で、ハリウッドでは広く実施されているが、日本では事例が少ない。フィルムセンターが長編映画を三色分解で保存するのは初めてだ。
23日のブニュエル劇場での上映には、小津を敬愛する是枝裕和監督とジャ・ジャンク-監督も駆けつけた。
ジャは北京電影学院の学生だった93年に外国映画史の授業で「東京物語」を見て「驚いた」という。「近代化が人々の生活の中に入っていくさまを描いている。それは文化大革命期の中国の状況に似ていた。文革で自分の家族はバラバラになったが、『東京物語』にも同じ印象をもった」。説得力のある話だ。さらにジャはこう語った。「中国本土は今、社会変化の過渡期にある。中国が直面する問題点について小津映画から学べる」
「小津のシンプルで力強い映画言語が好き」というジャ。「サウンドデザインもすばらしい。工場、列車、バスなど、小津は時代を音で表現している」と指摘した。
是枝は上映前に「『秋刀魚の味』は学生のころ名画座で初めて見た。プリントが傷だらけで、カラー映画なのにモノクロ映画のようなひどい状態だった。今日のお客さんはきれいな映像でこの映画を見られるのがうらやましい」とあいさつ。「小津作品の中でも一番、戦争の影が色濃く出ている作品だと思う。戦争を挟んで変わってしまったものと変わらず続いていく人生とが執拗に描かれている」と語った。
是枝の小津論は面白かった。「小津はこの作品に限らず登場人物の誰かに感情移入をしてみるというような分かりやすいポジションには立っていない。映画の外側に立って、おそらく、戦争を乗り越えられなかった死者の目線で、その後を生きた人たちを観察して描いているのではないかと思う」
秋のベネチア国際映画祭では「彼岸花」のデジタル修復版が世界初上映される。日本では11月から来年1月にかけての東京・神保町シアターでの全作品回顧で、4作品のデジタル修復版の上映が決まっている。ブルーレイ・ディスク、DVDは11月に「秋刀魚の味」「彼岸花」、来春に「お早よう」「秋日和」がでる。
10年前の小津生誕100年はさまざまな再発見のきっかけとなった。生誕110年の今年はどんな発見があるだろうか。
(カンヌ=編集委員 古賀重樹)
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