カンヌで審査員賞 是枝作品に世界のバイヤー殺到
世界の中の日本映画(上)
海外での日本映画の存在感の大きさは、日本では余り知られていない。今年の第66回カンヌ国際映画祭の光景から、その一端を紹介する。
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是枝裕和監督「そして父になる」に、世界のバイヤーが殺到している。カンヌでの世界初上映が好評だったうえ、審査員賞を受賞したことで、配給権の争奪戦は一段と熱を帯びそうだ。
製作・配給のギャガによると、開幕前に配給が決まったフランス、香港、台湾を含め約120の国・地域から購入の申し入れがあった。これまで1~2社の引き合いしかなかった国で、3~4社からオファーがあるという。配給権の価格はおのずと上昇しそうだ。
海外セールス担当の小竹里美氏は「家族のあり方や子育てといった世界共通の問題を扱った作品で、バイヤーの心に強く響いていた」と手応えを語る。
もともとフランスで人気の高かった是枝作品だが、今年2月に始まった前作「奇跡」(2011年)の英国興行が成功。「欧州各国で関心が高まった」(小竹氏)ことも追い風となった。
国内興行で製作費を回収できる東宝など大手映画会社の娯楽作と違い、芸術性の高い独立系作品にとって海外市場は不可欠な存在。是枝によると「歩いても歩いても」(08年)の日本の観客動員は10数万人だが、パリでは20万人が見た。
日本人よりフランス人の方が関心をもっているというのが現代日本映画の実情なのだ。パリで手にしたルモンド紙には当地で公開が始まる黒沢清監督「贖罪」(12年)の広告が大きく出ていた。
溝口健二、黒澤明らの作品が教養として広く知られている欧州だが、近年の日本映画の人気復活は1990年代後半から。北野武がベネチア、宮崎駿がベルリンで最高賞を受けたほか、黒沢、塚本晋也、河瀬直美、諏訪敦彦、青山真治、園子温らが3大映画祭で次々受賞したのがきっかけだ。
是枝は第1作「幻の光」(95年)をベネチアに出品、金のオゼッラ賞を受けた。無名の新人の作品は国内公開のメドさえつかず、「海外でハクをつけよう」(是枝)というもくろみ。他の若手も狙いは同様だった。
地歩を築いた今は「スタートから海外配給を組み込んでいる。観客が待ってくれているから」と是枝。作家性の強い監督が自分なりの映画作りを続けるために、海外市場は欠かせない。裏返して言えば、日本映画を深く理解する観客が、ことによっては日本以上に、海外に多いということだ。
東京国立近代美術館フィルムセンターと松竹によってデジタル修復された小津安二郎監督「秋刀魚の味」(62年)の上映に駆けつけた中国のジャ・ジャンクー監督の小津作品を語る言葉が素晴らしかった。
「近代化が人々の生活の中に入っていくさまを小津は描いている。それは文化大革命期の中国の状況に似ている。文革で自分の家族はバラバラになったが、『東京物語』にも同じ印象をもった」「中国は今、社会変化の過渡期にある。中国が直面する問題点について小津映画から学べる」
すぐれた映画は国境を越える。カンヌはそのことを見せつけてくれる。
(編集委員 古賀重樹)
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