ハネケ作品に栄冠 孤立する現代人映す
カンヌ映画祭リポート2012(6)
最高賞のパルムドールに輝いたオーストリアのミヒャエル・ハネケ監督「アムール」はパリの高級アパートで病を抱えながら入院を拒む妻と、献身的に介護する夫の愛を描く。
「男と女」のジャン=ルイ・トランティニャン、「二十四時間の情事」のエマニュエル・リヴァという80代の名優が迫真の演技を見せた。
老夫婦はその愛の強さゆえに、周囲との折り合いを欠き、浮き上がっていく。老老介護という今日的な題材だが、「社会的な作品を作る気はなかった。感情を描きたかった」とハネケが言うように、カメラはほぼ全編アパート内にとどまり、2人の営みを凝視する。
■中世やファシズム時代の疎外感、今も
その結果として、現代人の孤独をいやせない福祉や医療といった現代社会のシステムの不毛がみえてくる。
主演のマッツ・ミケルセンが男優賞を獲得したデンマークのトマス・ヴィンターベア監督「狩り」は、ごく平凡な町で1人の男が知らぬ間に周囲から孤立する物語だ。
男は少女の軽い気持ちのウソから、児童性愛の疑いをかけられる。保育園を通じてうわさは一夜にして広がり、男は村八分にあう。誰も話を聞いてくれず、嫌がらせをされ、食べ物さえ売ってくれない。
中世やファシズムの時代のようなことが現代でも容易に起こる。情緒を排した冷徹な映像がそう思わせる。「情報がウイルスのように素早く広がる村の小宇宙を描いた。インターネットを通して世界はうわさに満ちた小さな村となった」とヴィンターベア。
女優賞と脚本賞を取ったルーマニアのクリスティアン・ムンジウ監督「ビヨンド・ザ・ヒルズ」も現代の集団心理の恐怖を描く。修道院にいる親友を若い女性が訪ねるが、異分子である彼女の孤独感は募る。
神父や修道女たちは善意から、非科学的な治療行為に走る。こちらもあたかも中世のような話だが、細分化し孤立した現代のどの社会でも起こりうる寓話(ぐうわ)だ。
グランプリのマッテオ・ガローネ監督「リアリティ」は気さくで家族的なイタリアの魚売りが、テレビに出るチャンスを得たことで、現実感を失っていく喜劇。
監督賞のカルロス・レイガダス監督「闇の後の光」はメキシコの都市と農村の価値観の衝突を幻想的な映像で描き出す。作風はまったく違うが、いずれも現代人の寄る辺なさに根ざす。
イランのアッバス・キアロスタミ監督が日本で撮影した日仏合作映画「ライク・サムワン・イン・ラブ」に登場する日本人たちもみな孤独な人物だった。
■「伝わらない思い」に生身の人生の手触り
コールガールをしている祖母思いの女子学生(高梨臨)、彼女を指名し自宅に招く元大学教授の老人(奥野匡)、彼女と結婚するつもりの青年(加瀬亮)。
それぞれに思いがあり、伝えようとするのだが、伝わらない。たわいない話を続ける彼らの姿に、生身の人生の手触りがあった。
賞は逃したがフランス各紙は好意的に評した。
「途方もなく豊かで感動的な長いショットにより人間の物語を語る」(ルモンド)、「古典的でとらえどころのない、男性の狼狽(ろうばい)の純粋な口実に関する映画」(リベラシオン)など。
ビッグネームがそろったが驚きは少なかった。その中でフランスのレオス・カラックス監督「ホーリー・モーターズ」の個性は際立っていた。
ドニ・ラヴァン演じる男が次々と姿を変えながら、大型リムジンでパリの一夜をさまよう。ホームレス、銀行家、殺し屋など10役を演じるラヴァンがスクリーンを縦横に駆ける。その獣のような身体の躍動に、カラックスの孤独な叫びがこもっていた。
(編集委員 古賀重樹)
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