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あの虫が嫌いな都会人は生き抜けるか 養老氏が問う 『ヒトはなぜ、ゴキブリを嫌うのか? ~脳化社会の生き方~』

2019/5/2

部屋に突然現れる平べったい、黒光りする虫。見た瞬間に凍りつく人もいれば、追い回して確実に仕留めなくては気が済まない人もいるだろう。おそらく大半の人にとって、ゴキブリは忌まわしい存在だ。だが、そう感じるのは一体どうしてだろう。

ゴキブリを嫌う現代人の意識のありように迫っているのが本書『ヒトはなぜ、ゴキブリを嫌うのか?』。本書によると、ゴキブリ嫌いの背景にあるのは「都市化」だ。都市化とは、人間が「ああすれば、こうなる」と考える通りに動く社会をつくりあげていくこと。私たちヒトは都市化を進めるあまり、「ああすれば、こうなる」では捉えられない自然物に対して拒絶反応を示しているのだという。

著者の養老孟司氏は『唯脳論』『バカの壁』などで知られる解剖学者。なお、本書は2001年に発刊された講演集『脳と自然と日本』を大幅に加筆修正したもの。

■「ああすれば、こうなる」で動く社会

周囲を城郭や堀などで囲い、コンクリートで道を舗装し、植物を人工的に植栽する――都市とは、人間の考えたものしか置いていない「人工空間」だと著者は指摘する。都市に暮らす人間が洋服を着たり化粧をしたりするのも、人の身体が“自然のまま”ではない、つまりコントロール可能だということを表すためだ。つまり都市とは、あらゆるものが人間の脳の考える通りにつくられた、「脳が化けた」社会なのである。

一方、人間がつくっていない、意図通りにいかないものが自然だ。そして都市化とは、この自然を徹底的に排除していくことに他ならない。典型がゴキブリだ。著者はあるとき、講演会場に現れたゴキブリを執拗に追いかけて踏み潰す男性の姿を目にする。そうした態度には「自然のままのものは置かない」という都市化の原則が徹底している、と感じたそうだ。

■人間の本来の姿も排除される

都市では人間の持つ“自然”も排除されていく。子どもを生むのも死をみとるのも病院がほとんど。老いたら老人ホームが検討される。人間本来の姿である生老病死が、異常事態として扱われているのだ。

人間が何のために生き、なぜ病気になり、死んでいくのか。こうした問題はそもそも「ああすれば、こうなる」と考えることはできない。その前提を現代人は見失っているのではないか、と著者は問いかける。何千万人というヒトが暮らす都市に「指1本落ちていない」ことが果たして当たり前なのか。ここまで徹底して自然を排除していることが、現代社会を様々に行き詰まらせている要因なのでは、と著者は考える。

「ああすれば、こうなる」社会から消え行くのはヒトの「覚悟」だ。危機を管理するのではなく、どうなるか分からない、先行き不透明でも何とかしようという気持ちを持つことが覚悟なのだと著者は説く。そのメッセージは、新時代を迎える私たちに多くの示唆を与えてくれるだろう。

今回の評者 = 安藤奈々
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。早大卒。

ヒトはなぜ、ゴキブリを嫌うのか?~脳化社会の生き方~ (扶桑社新書)

著者 : 養老孟司
出版 : 扶桑社
価格 : 961円 (税込み)

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