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梶原しげるの「しゃべりテク」

桜並木を津波到達点の目印に 命を守る植樹続ける

2018/4/5

1933年の昭和三陸地震では大きな揺れが収まった30分後に最大28.7メートルの津波が海岸沿いの街を襲い、3000人以上の死者・行方不明者を出している。大きな津波被害を受けたあと、その歴史を後世に伝え、被害を未然に防ごうと、先人たちは津波到達地点に石碑を置いた。

ところが、年月がたち、石碑が苔むし、刻された字も読めないほどになると、人々はそれを「ただの汚れた石」としか見なくなりがちだった。「逃げなきゃだめ!」と声を上げた祖母の家で庭の端に「古びた石の杭」を見た記憶はあるが、あれが「津波の石碑」だったとは思いもよらなかったと、岡本さんは無念そうに語った。

■津波の到達地点に桜を植える意味

「次の、その先の世代にまで『ここまで津波は到達するんだぞ』と長く伝えるには何が良いのか? 石碑に勝るのは何だろう」。地元に帰った直後から仲間ととことん話し合った。

「人間より寿命の長い、生き物が良いよね。手入れするたび、ここまで津波が来たんだって、世代を超えて確認できる」

「松並木で知られる当地の松は?」

「名産の杉は?」

「ここはユズの北限だから、ユズ?」

「モミジは?」

結局、選ばれたのは「桜」だった。春の訪れと共に「開花予想」や「開花宣言」の言葉が新聞やテレビにあふれ、満開ともなれば花見客がどっと集まる。1年のうちでも最も華やぐ季節の花「桜」。少なくとも年に1度は多くの人が見上げてめでる桜を津波の到達地点に植えよう。そう決まった。

「いざという時は、桜並木の上まで避難するんだ」

退職から半年もたたずに、壮大な「桜ライン311」のプロジェクトをスタートさせた。陸前高田市内で170キロメートル。東日本大震災で津波が到達した地点を10メートル間隔で1万7000本の桜でつなぐ「桜並木植樹事業」だ。

私は当初、「桜の植樹」と聞いて、公園のような広く平らな場所に、せいぜい人間の背丈ほどのかわいい苗木を小さなスコップで植えるセレモニーをイメージしたが、実際に現地で見て驚いた。

そもそも植える場所は平らではなく、切り立った傾斜地が多い。考えてみれば「津波が到達して行き止まったところに植える」のだから当然と言えば当然だが、「植樹祭気分」では難しそうだ。

苗木の高さが3メートルほどで、それなりの太さなのも意外だった。

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