個性派ご当地麺、伊那ローメン 味付けは自分好みに
長野県伊那市。南アルプスと中央アルプスの二つのアルプスに挟まれた谷を、天竜川と三峰川の二つの川が流れる自然豊かな町に、ほかの地域にはない個性的な食べ物がある。伊那ローメンだ。
マトンやキャベツを具に、蒸した硬めの中華麺を使った麺料理で、同じローメンを名乗りながら、スープが入った汁麺タイプとスープを使わず麺をいためた焼きそばタイプの2種類のスタイルがあるというのもユニークだ。
どちらも、テーブルに用意されている様々な調味料を駆使して、自分好みに調味して食べるのが一般的だ。そもそもベースが2種類ある上に、食べる人ごとに好みの味付けが違うため、味のバリエーションが非常に多いのが特徴だ。
誕生したのは昭和30年代といわれる。ルーツには諸説あって、よく知られているのは市内にある「萬里」という店が始めたという説。同店の店頭には「ローメン発祥の碑」もあり、観光名所にもなっている。
ユニークなネーミングは、もともと、焼きそばを表す中華料理名「炒麺(チャーメン)」に「肉(ロー)」が入ることから、炒肉麺(チャーローメン)とよばれたのがルーツ。語呂が悪いのか、いつのまにか「炒」の部分がなくなり、ローメンと呼ばれるようになった。
羊肉は中国東北部でポピュラーな食材だ。長野県はかつての「満州国」に多くの移民を送り出した。中国語語源というと、そうした地域の歴史にもなんらかの関係があるのだろうとは思うのだが、きちんとした記録は残っていないという。
ローメンの個性を形作っている要因としてまず、独特の麺が挙げられる。
太めの、深蒸しして茶色くなった中華麺で、ラーメンや焼きそばの麺とは明らかに違うもの。昭和30年代、伊那ではまだ冷蔵庫が普及しておらず、日持ちを良くするために中華麺を蒸して保存性を高めていたという。深蒸で、茶色く変色した麺は、ローメンならではだ。
もう一つは、羊肉=マトン。独特の臭みがあるため、マトンを使わない店もあるが、ローメンに入る肉は基本的にマトンだ。
そして、テーブルでの調味。観光客などを意識して、そのままでも食べられるよう味付けした店もあるが、地元感覚では、人それぞれに味付けが異なり、それを前提に提供するものだという。使う調味料は、ゴマ油、生ニンニク、酢、ソース、七味トウガラシなど。生ニンニクは、臭み消しとしてジンギスカンなどでもおなじみだ。
多くの店では、テーブルにこうした調味料が備えられていて、客はそれぞれ自分の好みで味付けしてから食べ始めるという。
たとえば「ゴマ油2周、酢1周」などと食べる人ごとにおおよその基準があって、それぞれ調味料をかけ回してから食べる。いずれも味の強い調味料なので、少しの量でも、けっこう味が変わってしまう。
個人的な好みで言うと、ゴマ油、生ニンニク、酢の味が際立ってくると「ローメンらしさ」が引き立つような気がする。
実際に店でローメンを食べてみることにしよう。
まず向かったのは焼きそばタイプの人気店「うしお」だ。店の前には大きなテントがあり、そこで、ローメンを待つ人たちが席が空くのを待っていた。
キッチンの中で調理を見せていただく。
深蒸しの茶色い麺をまずゆでる。ゆで上がると、それを中華鍋に移す。焼きそばタイプといいながら、鉄板焼きそばのように、麺に焼き目をつけたり、調味料を焼いて香ばしさを立てるようなことはしない。
中華鍋の上にゆであがった麺を大量に盛り、そこに調味料を加えて「いためる」というより「あえる」という感じで、麺を返したら、それを皿に盛る。
具のマトンとキャベツは別鍋で調理される。マトンは、十分にいためられた状態で、脂身はほぼ溶け出してしまっている。キャベツは「油通し」されてしんなりしている。これを皿に盛った麺の上に、キャベツ、マトンの順で「のせ」ればできあがりだ。
まずはそのまま、ひと口食べてみる。きちんと味付けされていて、もちろんこのままでも十分おいしく食べられる。マトンならではの独特の臭いに身構えていたのだが、まったくといっていいほど気にならなかった。「うしお」では、生ニンニクは別途お願いしないと出てこない。「くさみ消しは不要」といったところだろうか。
次に、地元流の「テーブルクッキング」で味を変えてみる。ゴマ油、酢をかけ回し、ソースも加えてみる。とりわけ、ゴマ油の香りが、味の印象を大きく変えていた。一口ごと、調味料をかける配分を変えながら食べてみると、想像以上に味が変わり、あれこれ試しているうちにあっという間に食べ終えてしまった。
続いて、汁麺タイプの人気店「四方路(すまろ)」にうかがう。
同店のローメンは、麺はいためずに最初からスープで煮込んで作る。マトンもキャベツも麺と一緒に煮込む。こちらもまず、何も手を加えず食べてみる。
肉にもスープにも、明確にマトンらしさが感じられる。「四方路」は汁麺タイプの代表格ともいえる「発祥の碑」がある「萬里」の流れをくむ店。肉の味と香りをそのままローメンに生かすスタイルで、それが「ローメンらしさ」なのだという。
生ニンニクを入れ、やはりゴマ油、酢、ソースで味を調えて再び口に入れる。ニンニクは決して臭み消しではなかった。ニンニクにもニンニク以上に際立つゴマ油の香りにも、マトンらしさは拮抗していた。それでいてほかの調味料が加わることで、味が大きく膨らんだような気がした。
地元では「ローメン味ポップコーン」というのがあるらしい。ポップコーンを作る際に、ゴマ油とニンニク、マトンの風味を加えるという。個性的な麺がなくても、ゴマ油、ニンニク、マトンの風味があれば「ローメン」のイメージに仕上がると言うことだ。
ちょっと変化球だが、長く人気メニューとして愛されているという「冷やしローメン」も食べてみた。麺こそ、個性的な太い深蒸し麺だが、肉は豚肉で、たれも冷やし中華風の酸味が強いものだ。
生ニンニクとゴマ油、酢をかけ回して食べると、やはり明らかに「ローメン」の味になった。麺と双璧の個性といえるマトンがなくても、しっかりローメンの味わいだ。
JR飯田線の伊那市駅から伊那北駅にかけての沿線には、昔懐かしい「昭和の町並み」が多く残っている。伊那が、古くから多くの人たちでにぎわっていたことが、容易に想像できる。そしてそこには、ローメンを提供する店が多くあり、あちこちに「伊那ローメン」ののぼりが目につく。
市民団体「伊那ローメンZUKUラブ」も、店主などと協力して、B-1グランプリなどのイベントに出向いてローメンを調理・提供している。
ほかの地域にはない、伊那ならではの味だけに、地元の「ローメン愛」はひときわ強いようだ。
(渡辺智哉)
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