わらじカツ丼 ボリューム満点、職人気質こだわりの味
大きさは文字通りわらじ大、それが2枚で「一足」になったボリューム満点のカツ丼、わらじカツ丼。埼玉県西部・秩父地方、小鹿野町のご当地グルメが今、注目されている。全国各地からわらじカツ丼を求めて多くの観光客が、足を運ぶという。
鉄道の駅がなく、高速道路からも少し離れているなど、決して交通の便がいいとはいえない小鹿野まで、なぜ多くの人たちが足を運ぶのか。その魅力を探りに現地を訪れた。
小鹿野はかつて江戸と信州をつなぐ街道(現在の国道299号線)の宿場町として栄えた。長野県の佐久まで、現在北陸新幹線や上信越自動車道が高崎周りで東京と結んでいるルートを埼玉県まで、山を越え、ショートカットで結ぶため、かつては重要な交通路として、宿場も大いに賑わっていたという。
しかし、交通路が変わり、さらに、山向こうの秩父市に都心につながる西武秩父線が開通するなど、小鹿野を取り巻く環境は大きく変わった。そんな中で、まちを力づけたのが、わらじカツ丼だった。
わらじカツ丼の元祖店は、今でも人気店として多くの人たちに愛されている「安田屋」。多くのわらじカツ丼の人気店が国道沿いに軒を並べる中で、裏通りに位置する安田屋は、まさに「知る人ぞ知る」のたたずまい。
ご主人のお話によれば、もともとは精肉店だったという。肉だけでなく、揚げ物など総菜に手を広げ、そのうちに、店の一角で総菜をおかずに食事もできるようにしたという。そのときに誕生したのがわらじカツ丼だった。
早速、名物のわらじカツ丼を調理していただく。
下ごしらえも手作業で機械は使わないとのこと。丁寧にたたいたロース肉を、1枚1枚手で切る。実は、その日の仕入れによって肉の大きさはけっこう変わるそうだ。ちょうどいい厚みが決まっていて、多少断面積が小さいからといって厚みを変えたりはしないという。
「1足」は、肉の頭に近い部分と、しっぽに近い部分を2枚セットにしている。味、歯触りの違いを楽しんでほしいという。衣づけも揚げる直前に。卵、粉、パン粉の順番でつけたら、揚げ油の中へ。油はラードだ。安田屋はラードにこだわっているという。
何度もひっくり返したり、油を切ったりしながらじっくり揚げていく。揚がったらバットにしばし置いて油を切り、コンロの上で常に一定の温度に保たれているたれの中へ。
このたれ、ソースのようにも見えるがベースはしょうゆで、砂糖で甘みが加えてある。
たっぷり盛ったご飯の上に、まずは、カツからしたたるタレをかけ回す。何度か繰り返し、白いご飯にたれがしっかり染みたらカツを2枚のせてできあがり。
早速いただくと、驚くほど肉が軟らかい。そして、たれの絶妙な甘さがご飯を加速させる。千切りキャベツなどの野菜類はなく、たれにくぐらせたカツとご飯のみのとてもシンプルな構成が、そのボリュームと相まって「カツを食らう」という気分を盛り上げる。
今では連日、特に土日はたいへんな行列になるという。
しかし、ひとつひとつ丁寧な手作業の積み重ねなので、スピードアップにも限界がある。メニューをカツ丼のみに絞り込むことで、ひとりでも多くの客にわらじカツ丼を食べてもらえるよう努力しているという。
多くのファンに愛される理由は、この丁寧で実直な仕事ぶりが味に現れているからだろう。
安田屋を後にして、町のメインストリートを歩いてみる。商店街のあちこちに「わらじカツ丼」ののぼりが見える。老舗の和菓子店で話を聞くと、単に提供店が増えただけでなく、お店によって独自のこだわりがあり、それぞれに違った魅力があるのだという。
せっかくなので、何軒かのぞいてみることにした。
かつては、小鹿野の料亭、宴会場の役割も担っていたという「鹿の子」。今では数多いわらじカツ提供店の中でも、老舗の部類に入る。
安田屋とは好対照で、肉はひれを使い、揚げ油もラードではなく植物油だ。2枚が基本のわらじカツ丼だけに、最後まで食べ切れるよう、しつこさを抑えたのだという。
店内にはポスターが貼ってあり「1枚は酒のさかな、もう1枚はおかずとして」食べられていたとある。ラードの安田屋も魅力的だが、お酒と一緒にいただくには鹿の子のスタイルもいいだろう。
やはり注文を受けてから下ごしらえが始まる。黒こしょうを使っていたの印象的だ。たれの甘味もしっかりしていて、より万人向けのわらじカツ丼だ。
「昭和」は「わらじ」をビジュアルに表現した盛りつけで知られるお店だ。きゅうりと紅ショウガでわらじの鼻緒を演出。丼の上に一足のわらじを再現する。
しかし、このわらじカツ丼、ただの「ビジュアル系」ではない。きゅうりも紅ショウガも、脂っこくなりがちな口の中をさっぱりとリセットする役割を担っている。特に紅ショウガは、ビジュアル同様、味の面でもいいアクセントになっている。
カツにも、元和菓子職人というご主人の徹底したこだわりがうかがえる。安田屋や鹿の子とは違い、下ごしらえ、調理は客には見せない。味付けも、様々な材料を使い、ベストの配合・調理の「昭和ならではの味」を追い求める。
肉は内ももの肉を使い、油はやはり植物油だ。味噌汁もふくめ、甘味が個性的。しかし、菓子のような甘さではなく、野菜の甘さに代表される淡い甘味が、全体の味をまろやかにしている。
店じゅうに貼られたファンの色紙が、いかに多くの人々に愛されている味かを物語っていた。
ボリュームが魅力の小鹿野のわらじカツ丼だが、そんな中でもひときわボリュームを強調したメニューがある。「東大門」の、その名も「メガわらじカツ丼」だ。
その大きさは、写真を見れば分かるはず。
カツそのもののボリュームもスゴイのだが、それに合わせるようにご飯もたっぷりと盛られている。さすがに食べきれる人は少ないというが、残してしまっても大丈夫。ちゃんとパックが用意されていて、食べきれなかった分は持ち帰ることができる。
今では、秩父駅周辺でも食べられるようになったわらじカツ丼。しかし、地元・小鹿野では、各店が工夫を凝らして、それぞれ個性あふれるメニューを提供、しのぎを削っている。
ちょっと不便ではあるが、やはり地元で食べてこその「ご当地グルメ」。週末のドライブがてらに小鹿野を訪れてみるといいだろう。
(渡辺智哉)
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