なぜ貴社は「普通の人」に不正をされてしまうのか?流創株式会社代表取締役 前田康二郎(2)

また、「経理にはお金をかけたくない」と経営者が言う場合、それにはもうひとつの理由があります。「会社の財布は自分だけが見るから」というものです。

それはそれでひとつの経営スタイルだと思いますが、私が見てきた限り、そうした会社は、5年経っても、10年経っても、会社の規模が一定のところからは大きくなっていきません。安定はしているけれど、社員が入っては辞めを2回、3回と繰り返しているような状態で、売上も以前と変わらずという会社が多いように思います。

なぜかというと、財布を手放せない経営者は、その力の50パーセントが財布に目が行ってしまい、100パーセント事業に集中できないからです。そういう経営者が、100パーセント事業に集中できる環境にいる経営者と競い合ったら、どちらが勝つかは明白でしょう。

また反対に、自身は財布を誰かに預けて100パーセント事業に集中したいのに、ろくな経理がいないから預けられず、仕方なく自分で財布の管理をしているという経営者もいることでしょう。そのような場合も同じような状態で、伸びそうで伸びきれない、という経営状態になっているはずです。

会社の拡大を考えるならば、財布はできるだけ信頼できる人に預けて、経営者は100パーセント事業拡大に集中できる環境にしないと難しいと思います。

経理を軽視する経営者のもとで不正は起こりやすい

名経営者と呼ばれる人たちの陰には、必ず「名番頭」と呼ばれる経理担当者がいます。現在でも伸びている会社のなかには、社長と副社長、CEO(最高経営責任者)とCFO(最高財務責任者)のようにツートップ体制で営業と管理の業務を棲み分けしているところが少なくありません。このことは、組織においては普遍的な法則なのかもしれません。

私がこのように「経理が大切です!」と言って活動している理由のひとつとして、経営者が経理を軽視している会社では不正が起きやすいということがあります。少しでもそうしたことが起きないようにしてほしいと思っているのです。

経営者にお伝えしたいのは、経理や総務などの事務職を他の社員の前で蔑視するような言動があれば、そこでお金の犯罪が起こる確率が格段に上がるということです。「社長がバカにするような経理だったら、偽の契約書や領収書でもすぐ通る」と思って不正に手を出す社員が出てくるのです。そして事務の人間も、経営者から自尊心を傷つけられた腹いせに、軽い復讐のつもりで現場からの不正の誘惑に加担して共謀してしまう者もいます。一旦共謀したら最後、「ばらすぞ」と脅されて会社のお金をどんどん経理が引き抜いていってしまうこともあるのです。

不正というのは、何も不正をされた会社だけが被害者ではありません。不正を働いた人間も、ある意味で被害者なのです。なぜなら、不正をする隙もない管理体制ができている会社であれば、不正をしないで済んだかもしれないからです。

「社長が経理を軽視している」ということは、社員から見たら、「社長はお金のことには詳しくない」「多少不正をしても社長や経理を簡単に騙せる」と表明しているようなものです。「ちょろい会社」だと思われないようにするには、社長が経理部に保管してある支払請求書や売上請求書のファイルを皆の前で難しい顔をしながら1枚1枚チェックしている姿を見せる。そこまでできれば、よいけん制になります。

「かわいそう」だから許すの?

会社で不正をした人が見つかった場合、当事者はその後どうなるか。多くの人は「それは当然辞めていくでしょう」と思うかもしれません。しかし実際はどうかというと、私が知る限り、半分以上の社員は社内で何らかの処分を受けた後、そのまま働き続けています。

すぐに自主退社をする人がとても少ないのはなぜでしょうか。それは、「お金がない」からです。

いくら不正をしたといっても、貯金もない人をそのまま放り出したら、今度は、その人が社会に迷惑をかけるようなことを起こしてしまうかもしれません。そのため、次の就職先が決まるまでは在籍させてあげるから早く面接に行きなさい、という会社も少なくないのです。ある意味で「家族的」とも言えます。

日本の会社は、経営する側も雇われる側も「家族的」な要素を求める傾向が強いです。それが良い方向に活かされるならいいのですが、悪い方向に利用されていくと問題です。

ここでもうひとつ、日本の会社にありがちな評価基準のひとつに「かわいそう」というものがあります。これは日本に独特の考え方ではないかと思います。

家族的な要素にこのかわいそうが加わるとどうでしょうか。不正をしても「かわいそうだから、許してあげよう」という言葉をよく聞きます。「謝罪や弁済もあって、反省もしているから許してあげよう」ならわかるのですが、本人は反省しているかどうかもわからないのに「かわいそう」だから許す、ということになると、私には違和感が残ります。

悪い人は日本の家族的な良さを逆に利用する

この「かわいそう」というのは、責任者が自分の責任を回避するのに便利な言葉のようにも思えます。本来であれば、「自分も見逃していた責任がある。だから私と一緒に皆に頭を下げなさい」と言わなければならない場面を回避するときに、「かわいそうだから」の論理が見受けられる気がします。

皆さんの会社にも、誰も尋ねてもいないのに、自分から不運な経歴や不幸な過去を語る人がいないでしょうか。かつて私は、その人たちが何を目的としてそのようなことをしているのかがわからない時期が長くありました。普通なら、自分の恥ずかしい過去を人に話して、それでよいことなどないからです。

しかし、いろいろな会社で仕事をしてきて、今ならわかります。日本の組織では、この「かわいそう」ということも、出世や、仕事量を減らしてもらったりする際に大切な要件となる場合があり、彼らはそこに気付いていて実行していたのです。日本の「家族的な」組織というものをよく研究しているなと気付いた時には、少し感心してしまったほどです。皆さんの組織にも、「なぜあの人が出世しているの?」という人の中に、少なからずこうした人がいるのではないでしょうか。

ただ、そうした家族的経営が悪い方向に出てしまっている会社の末路はどうなるでしょうか。食べてはいけないと言われている客人用のお菓子をつまみ食いするのと同じ感覚で、会社の金品も着服してしまう。そしてそれが見つかると、これまでの不運、不幸が自分をそういう人間にさせたのだと言ってお涙頂戴をする。その結果、反省しているのかどうかもわからないまま、上層部は少し注意をするだけで許してしまう。当人はその場だけしおらしく振る舞い、しばらくするとまた平気な顔をして不正を繰り返す。

そのような組織では、優秀な人から順番に「家出」をして2度と戻ってくることはないでしょう。結果、「家」にお金も入れない働かない人たちだけが残って、社長が必死になって毎日外回りをして営業しなければならないような「家族的」経営になってしまうのです。

前田康二郎(まえだ・こうじろう)
流創株式会社代表取締役。
1973年生まれ。学習院大学経済学部卒。数社の民間企業で経理・IPO業務を中心とした管理業務、また海外での駐在業務を経て、2011年に独立。現在はフリーランスの経理として、経理業務や利益を生む組織改善の提案を中心に活動を行っている。

[この記事は2017年1月25日の日経BizGateに掲載したものです]

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