盛岡じゃじゃ麺、食べ終わったら「ちーたんたん」
ご当地めん(3)
前回の末尾に登場した熊本の「太平燕(タイピーエン)」、簡単に言うと、太平燕とは明治後期に長崎、熊本で福建華僑が郷土の祝い料理を思いながら作り出した春雨スープである。チャンポンと同じ作り方をするが、麺料理ではなく春雨料理。基本的にスープは澄みあっさりしている。揚げ卵が入るのが特徴である。ごま油の風味が立っている。チャンポンの原形ではないかという説もある。
長崎ではコース料理の一品として大皿で供されるため目立たないが、熊本では丼ものの個食として定着し、大体の中華料理店やラーメン店にある。要するに熊本の「食の方言」。九州新幹線部分開業を機に、熊本では官民あげてPRに力を入れている。
本題にいこう。姫路の駅そば集中攻撃。そして神戸西部との共通点も。新たな食の方言を掘り当てたようだ。
かんすいを使っていますから中華麺には違いないのですが、いわゆる玉子麺ではありません。腐らないうどんを作ったら中華麺になっただけです(とおりすがりの駅そば愛好家さん)
「腐らないうどんを作ったら中華麺になっただけです」というアカルサがいいです。腑に落ちない納得感があります。
思わず中華麺になってしまった腐らないうどんは、スーパーでも売られています。姫路ではとってもポピュラーです。でも商品名はなんでしょう。やはり「駅そば」でしょうか。
姫路では駅だけでなく、高校の食堂でも日本そばを押しのけてそば粉なしの駅そばが活躍していました。ディープです。
大学の食堂にも、かつては駅そばという名の中華麺がそばの振りをして生活していました。
中華麺なのにそば用のおつゆにつかっている駅そばは、姫路にじっとしていることができなかったらしい。あるいは別の生まれの同一種か。
ほらほら、神戸西部でも同じことが起きていたようです。卵(明石)焼きにソースを塗り、それを出し汁に浸して食べる地域と重なっています。播磨地方は局地的におでんをショウガ醤油で食べる地域として知られていますが、神戸西部もそうなら食文化としては同じ圏内にあると言えます。
大学のときも「あっ! また出よった!」と感じました。高校・大学とどちらの場合も、その後、「そば」を再度オーダーしたことはありません(YUKES from NZさん)
そばという名の中華麺は姫路を飛び出して加古川から大阪府吹田市まで縦横無尽の活躍である。ところで「うどん」「そば」「ラーメン」のスープがすべて同じということは、どんな感じだろうか。もしうどん出しに統一されていたのなら、うどん出しのラーメンがあったということになる。ラーメンスープ一本だった場合は、ラーメンのスープに浮かんだうどんやそばが存在したことになる。しかも、そばが日本そばではなく正体中華麺のそばなら、この「そば」こそラーメンではないか。ならば、その食堂のラーメンは一体何物であるのかという深刻な問題が発生するのである。相当深刻であると私は思う。
青春18きっぷを愛用しておられる奈良の学生さんから「姫路の駅そばは通販で買える」とのメールが寄せられている。興味がある方、ふるさとの味が恋しい方は検索してみてはいかが。
姫路を集中攻撃したが、盛岡からも目が離せない。「ちーたんたん」って知ってた?
そして、じゃじゃ麺。盛岡市の県庁にほど近いところにある「白龍(パイロン)」という店が元祖です。中華料理のジャージャー麺と言われるものは、中華麺に肉みそがかかったものですが、これはこしの強い平打ちのうどんのような麺に肉みそがかかっています。この麺こそは盛岡のオリジナルで、数々の特徴があります。
1.人により好みの味付けができる。テーブルの上にはラー油、酢、塩、コショウ、醤油があり、出てくる皿にもニンニク、ショウガがのっており、人によりこだわりの味付けがある。私の場合、酢をひと回しにラー油少々。
2.テーブルに生卵がおいてある。じゃじゃ麺を食べ終わったら、やおら生卵を割り、かき混ぜた後、カウンターに自分で皿を持っていくと、そこへゆで汁と肉みそ、ネギを入れて返してくれる。それに、また自分で塩コショウなどで味付けすると、あれ不思議「ちーたんたん」という名のスープに早変わり。
3.他にもメニューがあるのに、店では99.99%の人がじゃじゃ麺しか注文しない……。しかも頼むときは「ふつう」もしくは「大盛り」と言います。
じゃじゃ麺ふつう盛りと2.のちーたんたんを食べた人は、精算時に何の迷いもなく「ふつうちーたん」と言ってお金を払います。注文時や精算時に「じゃじゃ麺ひとつ」などと言うと観光客もしくは一見客であることがバレバレです。
4.大盛りがホントに大盛りである。大盛りを頼むと2玉の分量で出てきます。したがって、中高生の野郎しか頼みません(頼めません!)。ちなみに普通盛りでもかなり盛りがいいです。20年前は「ふつうちーたん」で350+50の400円。大盛りはほぼ倍の量なのに+50円だったような記憶があります。今はいくらなんでしょう? 女性で大盛りを頼む人がいようものなら、客がみなギョッとして振り向くことうけあいです(盛岡離れて早20年のY.Oさん)
「もりおか冷麺」(ひらがなで表記しないといけないそうだ)で有名な盛岡の「中華ざる」と「じゃじゃ麺」の姿がくっきりすっきりわかった。「中華ざる」は完全混合ダブルス型物件。「じゃじゃ麺」もそのようだが、いやー、ちーたんたんには参ったなあ。
おととしの冬、盛岡に南部鉄器の取材に行った。何を食べたか忘れたが、少なくとも「じゃじゃ麺」は食べなかった。東京で食べてわかっているつもりになっていたからだった。ちーたんたんを知っていたら絶対「白龍」に行っていただろう。
道路がスケート場のように凍結していて、すっころんだ私は、修行もしていないのに地上1.5メートルくらいの高さに空中浮揚し右ひじから落下した。医者にはいかなかったが、ずっと痛かったので骨にひびくらい入っていたかもしれない。
もしあのとき、じゃじゃ麺を食べていれば、そんな悲劇を迎えることはなかったような気がしてならない。ぐやじー。
旭川にもそば出しラーメンという混合ダブルス型物件が存在しました。私は競馬をやらないので、日本中の競馬場にラーメン屋さんがあることを知りませんでした。ウマいんですか? なんていうベタな駄じゃれは書きませんが、まさか馬肉ラーメンはないでしょうね。佐賀競馬場の前に馬刺しの店があるという話はガセですか?
チャンポン。
ちょっとではなく、がばし(凄くという意味の久留米弁)驚きました。でもここでは、九州人の団結を守るために敢えて沈黙します。それにしてもチャンポンに限らず麺類にアメリカンドッグをのせるなんて考え付くかなあ。
チャンポンに辛子? お勧めしません。チャンポン、皿うどん、焼きビーフン、長崎・熊本の太平燕(タイピーエンすなわち春雨スープ)は明治後期に福建華僑が日本で作り出した料理ですが、福建料理の特徴を反映してニンニク、ショウガ、トウガラシといった香辛料を普通は入れません。ですから辛子のような強い香辛料との共存を前提にしていないのです。限度はコショウまたは柚コショウ。ウスターソースがベストです。金蝶ソースならなお可。でも、どうしても辛子を入れないと気が済まないという方はどうぞ。まずくなっても知らんけんね。
Rンガーハットに辛子が置いてあるかどうかは知りませんが、もしあるとするなら九州人以外のお客さんへの対応でしょう。東京辺りでは塩味の焼きそばには大体辛子がつきますし、神田のニセチャンポンが売りの中華屋さんで皿うどんを頼むとニセ皿うどんの皿に大量の辛子が塗りたくってあります。多分、焼きそばからの連想と思われます。そのニセチャンポンの店にはウスターソースがなく、私はひたすら外食で野菜を取る目的だけのためにニセ皿うどんをソースなしで食べております。
デスク驚愕 Rンガーハットの辛子もごく普通に3袋くらい使っていました! 神田でも辛子だけ追加注文してしまいました!!それってジャドー?
ジャドーってわけじゃないけど、やらない方がいいんジャドー。
長崎ではチャンポン麺を使った冷やし中華をレイメンと呼ぶのが一般的かどうかという問題です。「いわゆる冷やし中華」ではまったく議論になりませんでした。長崎関係者の方、教えてください。
ところでO食堂から「素ラーメン」「チャンドン」がなくなったのは残念です。といったって最近の高校生は金持ってますからねえ、素ラーメンなんて食べないだろうなあ。
岩村さんから「素ラーメンの店がO食堂ならあなたは私の高校の後輩である」というメールをいただいた。はい、後輩です。なんて、どローカルなネタやってていいのか。
いえ、東京でも入手可能です。私は近所のスーパーで半生製品を買っています。
各地の麺料理。百花繚乱である。
ところで、関東地方では麺の汁(そば、うどん、ラーメンなど)に、フライものを入れることが普通なんでしょうか? 立ち食いそば屋のトッピングにおけるコロッケなど、愛知県出身の私には言語道断というか気持ち悪いです(中村泰造さん)
とんかつラーメンに驚いてはいけません。東京では有名な「肉の万世」で出す「排骨(パーコー)麺」がそれです。神田・四川飯店の排骨は絶品と思っております。ちょっとカレー味です。
ここでデスク割り込み かつて内幸町の日比谷シティというところにオフィスがあったのですが、そのころ、地下の「肉の万世」で排骨麺の味を覚えました。先輩がまるで洗面器のような丼に排骨が2枚乗った「ダブルパーコー大盛り」というのを食べていたのですが、さすがの僕もあれは見るだけで胸焼けでした。胃腸の強靱な方はぜひ挑戦してみてください。
今度のデスクは良くしゃべる。じゃなくて、立ち食いそばのコロッケそば。いいですねえ。最近は胸焼けするので食べませんが、初めてその物件を見たとき「東京ん人は、ほんなこつハイカラたい」と関心したものでした。でも、言語道断と思う方は無理に食べなくていいですよ。でもでも、排骨は一回試してください。
同じような「麺」に、愛媛・南予地方の「福めん」があります。こちらはコンニャクの細切りの上に錦糸卵・ネギ・そぼろ・黒ゴマ、チンピ・エソ(魚)などの具がのった料理。コンニャクが「麺」ということになります。語源については、細かく切ることを「ふくめ」ということに因むという説や、薬味で下のコンニャク麺が見えないことから「覆面」→「福めん」になったという説があるそうです(ミルフォードさん)
ともに知りませんでした。タメになりました。ところで、長崎の外海(そとめ)町には「どろ様素麺」というのがあります。明治時代、フランス人宣教師、マルク・マリ・ド・ロ神父がやってきて住民のために苦労してつくり上げた素麺です。一時途絶えていましたが、昭和57年に地元の人々の手で復活しました。「どろ様」は今でも多くの人々に慕われているそうです。
再びデスク乱入 略して「どろ麺」ですか? カタカナで書くとまだいいですが、ひらがなになるとちょっと怖いですね。ちなみに、僕の住む町は千葉なのに昔は葛飾と呼ばれていて地元の中学校は葛飾中学、略して「葛中=かっちゅう」といいます。そして北隣には行田という地域が、東隣には海神と言う地域があり、それぞれに中学校があります。略称で呼び合うとこれがもう……、すみません食べ物のコラムでしたね。略すのはやめましょう。
ここは読まなかったことにしてください。
素麺の話題が出たついで。
佐賀県の神埼というところは、素麺の産地でもあるのですが、味噌汁の具にふつうに素麺がはいっています。このあたりでは、あたたかい素麺は普通に食べられています。煮麺(にゅうめん)という言葉もありますが、家庭での素麺の食べ方は「ぬっかと」と「つんたかと」の2種類です(久留米やきとり学会広報部長 豆津橋 渡さん)
久留米のウチで作る「だこ汁」は豆津橋さんの書かれているような物件ですが、煮込み過ぎてだんごが溶け、味噌味小麦粉スープみたいになっていることがあります。
佐賀・神埼の「ぬっかと」は「温っかと」、「つんたかと」は「冷んたかと」のことです。「具うどん」。東日本の方、わかります?
デスクはてな 具入りのうどんですか? 聞いたことない言葉ですね。
ふっふっふっ。
京都では「九条葱みたいに太いうどんのうどんすき」がおましたなぁ。伊勢の「伊勢うどん」もよそからみれば奇麺の部類でしょうか?(豊下製菓の豊下正良さん)
冷たいそばを「せいろ」と言います。「ざる」とも。なぜ、そばはざるにのって出てこなければいけないのか。そうです。豊下さんが紹介してくださったように、古くはそばはせいろで蒸したのです。それをざるにのせて出したのです。
つなぎが工夫されるようになったのは18世紀半ば。そば粉80%の二八そばが誕生します。それ以前はそば粉100%が主流でしたが、ゆでると麺線がぶつぶつ切れる。そこでせいろ蒸しにしたと各種文献にあります。
ついでに「もり」と「ざる」の違い。もりのつけ汁は辛く、ざるのつけ汁はみりんを加えるので甘い。みりんの分だけ高級でした。のりをかけるようになるのは明治以降だそうです。江戸っ子は「そばをつゆにびたびたつけたりしない。ちょこっとつけてズズッとやるのが粋」などと言いますが、みりんが入らないカツオ出しと醤油だけのつゆでは辛すぎて、びたびたつけられなかっただけの話のようです。
大阪・お初天神のそば屋「瓢亭(ひょうてい)」も1斤、1斤半というような言い方をします。古い言い方なんでしょうね。
何だか真面目な話が多いなあ、という印象をお持ちかもしれない。疲れてきたのである。疲れると真面目な話をしてしまうのである。地が出るってやつ?
デスクはてな エミー隊員、ホントに地なの?
エミー隊員 ノーコメントでお願いします。
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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