日経ナショナル ジオグラフィック社

2022/3/18

ダボスでそりの歴史に出合う

ベルギューンにそり滑りをもたらしたのは鉄道だが、そこからほど近いダボスでこの遊びが盛んになった一因は、19世紀のパンデミックにある。

「ここのサナトリウムに結核患者が療養にやってきたことで、そり遊びの人気に火がついたのです」と、ダボス・ウインタースポーツ博物館のガイド、ウルスラ・べバン氏は言う。この小さな博物館には、年代物のそりやスキー用具のほか、ここを訪れた著名人の写真などが展示されている。その中には、妻の結核療養中にダボスを訪れていたアーサー・コナン・ドイルの写真もある。

今では有名リゾート地となったダボスで、ちょうど滑降スキーが盛んになり始めた1870年代に、英国人旅行者たち(結核患者を含む)が、木製のそりに乗って滑ることを楽しむようになった。「普段はホテルや病院に滞在している人たちが、そこらじゅうでそり滑りをするようになりました。ちょっとした丘があれば、どこでも滑っていたのです」

仕事にそりを使うことに慣れていたダボスの人々が、旅行者と一緒に競走を楽しむようになると、そり滑りの人気は一気に高まった。ダボスに初めて作られたコースは、当初はボブスレーのレースが行われていたが、今も現役で使われている。

リゾート地ダボスよりも高い場所にある小さな村シャッツァルプは、美しい景色が楽しめるそり滑りコースの起点となっている(PHOTOGRAPH BY OLAF PROTZE, ALAMY STOCK PHOTO)

今日、ダボスの中心部からは、シャッツァルプに向かうケーブルカーが出ている。シャッツァルプにある同名の老舗ホテルは、かつては一帯でもとりわけ豪華な療養所だった。現在、ここはゆるやかなカーブを描きながら街に戻る、全長2.7キロのコースの出発点となっている。

もっとスリルを味わいたい人におすすめなのは、ダボスのリナーホルン・スキー場にある、全長3.7キロで33カ所の急カーブがある迫力のコースだ。このコースでは、脇に雪を積み上げて、滑る人たちが山から転げ落ちないように備えている。

ダボスのレンタルショップでは、操作が簡単なローデルも貸し出しているが、多くの人は、街の誇りであり、生きた歴史でもある伝統的な「ダボス式そり」を選ぶ。

ダボス式そりの材料はセイヨウトネリコで、座部は3本の短い板からなり、そりの前方中央にロープが1本添えられている。シートは硬く、ランナーは固定されているため、ローデルに比べると機敏な動きが難しくなっている。

現代的なそり滑りアトラクションも

一見、いかにも伝統的な雰囲気のスイスのそり滑りは、同時にイノベーションをもたらすものでもある。たとえば「ライトライド」は20年からサービスが始まった、インタラクティブな夜間のそり滑りで、ダボスから西へバスで1時間ほどの距離にあるレンツァーハイデで楽しむことができる。

ビデオゲームに影響を受けて生まれたこのアトラクションでは、コースにもそりにも、センサーと効果音を採用している。参加者はそりを走らせながら、センサーの上を滑ったり、手袋をはめた手でターゲットをたたいたりして得点を稼ぐ。

月明かりに照らされたサンモリッツのコースを疾走する人々。日没後に電飾が灯されるコースも多い(PHOTOGRAPH BY ROBERTO MOIOLA, SYSAWORLD/GETTY IMAGES)

「ある晩、暖炉を囲んでいたときに、コース上にもっとアクションを取り入れられないかと思いついたんです」と、このアトラクションを考案したステファン・コリッチ氏は言う。そり滑りを、もっと刺激的で、若い人に魅力を感じてもらえるものにするのが狙いだという。

「ライトライド」のコースを滑った夜、私は子供に戻ったような気分で、雪の上に投影された「キャッチせよ」の絵文字に向けてそりを操り、幾何学模様に光るネオンのトンネルを走り抜けた。

翌日、飛行機で米国に戻った私に入国審査官が尋ねる。

「スイスに行った目的は?」

「そり滑り」と私は言う。

スイスに行く目的など、そり滑り以外ありえない。

(文 TERRY WARD、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年2月16日付]