9人怪死「ディアトロフ峠事件」 科学が迫る真相

日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/2/20
ナショナルジオグラフィック日本版

1959年2月26日、ディアトロフ峠で遭難した登山グループのテントを調べるソ連の捜索隊。テントは内側から切り開かれ、多くのメンバーが靴を履かずに靴下かはだしで外に出ていた(PHOTOGRAPH COURTESY OF THE DYATLOV MEMORIAL FOUNDATION)

1959年1月23日、ロシアのエカテリンブルクにあるウラル工科大学の学生9人とスポーツ指導員1人のグループ計10人が、スキーと登山をしに厳寒のウラル山脈の大自然に分け入った。

途中、1人が関節の痛みを訴えて引き返したが、23歳の工学部生イゴール・ディアトロフをリーダーとする一行は登山を続けた。のちに捜査員が現場で見つけたカメラフィルムや日記によると、彼らは2月1日、雪に覆われたホラート・シャフイル山(地元のマンシ族の言葉で「死の山」を意味する)の斜面に大型のテントを張ったようだ。

男性7人と女性2人、計9人の消息はその後、途絶えた。

数週間後、ホラート・シャフイル山に到着した捜索隊は、雪の中からかろうじて一部が出ているテントを発見した。テントは内側から切り開かれたようだった。翌日、1本の針葉樹の近くで最初の遺体が発見された。

それからの数カ月間、雪が解けるにつれて、捜索隊はぞっとするような遺体を発見していった。9人の遺体はいずれも山の斜面にあったが、不可解にも服を脱いでいたり、頭蓋骨や胸部を激しく骨折していたり、眼球がなかったり、舌が失われていたりしたのだ。

現場から回収されたフィルムには、ディアトロフ峠でテントを張るために雪の斜面を掘るメンバーの最後の姿が写っていた(PHOTOGRAPH COURTESY OF THE DYATLOV MEMORIAL FOUNDATION)

個々の遺体はさながら凄惨なパズルのピースだったが、それらを組み合わせることはできそうになかった。捜査機関は彼らの死因を「未知の自然な力」によるものとし、ソ連当局はそれ以降、口を閉ざした。秘密主義の国で発生した衝撃的な事件は、詳細が不明なままにされたことで、秘密の軍事実験説からイエティの襲撃説まで、62年後の現在にいたるまでさまざまな陰謀論がささやかれることになった。

だが2021年1月28日付で学術誌「Communications Earth & Environment」に発表された論文は、今までで最も現実にありえそうな説明を与えている。論文を執筆した2人の科学者が指摘するのは、雪を掘ったのち時間をおいて発生した奇妙な雪崩が、結果として9人の命を奪った可能性だ。この雪崩のシミュレーションには、自動車の衝突実験や映画『アナと雪の女王』もヒントになったという。

従来の雪崩説にいくつもの疑問

一行が遭難した場所は、リーダーにちなんでディアトロフ峠と呼ばれるようになった。近年、この事件に対する関心が高まったことや、とっぴな仮説が広まったことを受け、ロシア当局は再調査を行った。

2019年に発表された調査結果では、9人は主に雪崩によって命を奪われたとされた。しかし、実際に雪崩が発生したという記録はなく、どのように発生したかの明確な説明も示されないなど、報告書は科学的な厳密さに欠けていた。透明性のない政府による型通りの説明は、かえって疑問の声を噴出させることになった。

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