日経ナショナル ジオグラフィック社

そり競技はスイスで進化した

そりは、ヨーロッパから北米大陸への入植が始まるころにはすでにあったようだ。フラワー氏の著書によれば、カナダの先住民が持ち物や食料を小型のそりに乗せて運んでいたという記録がある。

だが、近代のそり競技は19世紀末、スイスのアルプスで生まれたとみられている。この地方では雪面の移動に木製のリュージュを使っていたが、当時の英国人旅行者たちがこのリュージュでレースを始めた(ただし、雪が多い米ニューヨーク州北部で1885年にボブスレーのレースが行われたという記録があるため、スイス起源説については異論がある)。

発祥地はともかく、そり競技はたちまち人気を博した。1885年に天然の雪氷を利用して造られた名高いコース「クレスタ・ラン」は、近くにあるスイスの町にちなんで命名された。1898年には、サンモリッツ近郊の最初のボブスレークラブが、初めて組織的な競技会を開催した。その後、そり競技はリュージュから発展し、ボブスレーとスケルトンという2つの新しい競技が誕生した。

クレスタ・ランは、そり競技でも特に大胆なスケルトンが生まれたコースとされている。リュージュでは、金属製のランナー(滑走部)が付いたそりに、足を前にしてあおむけに乗るが、スケルトンでは簡素なスチール製のそりに、頭を前にして腹ばいに乗り、氷のトラックを一気に滑り降りる。

一方、ボブスレーは、2人または4人でチームを組む。前方の席の選手がハンドルを操作し、後方席の選手が必要に応じてブレーキを操作する。そりが加速すると、選手の体が前後に揺れる(bob)ので、この名前がついた。

2019年に米ニューヨーク州レークプラシッドで開催された大会で滑走する男子2人乗りボブスレーのチーム。20世紀半ばまでに、ボブスレーとスケルトンに鋼鉄製のランナー(滑走部)が導入された。ボブスレーはハンドルとブレーキの操作ができるが、スケルトンにはどちらもついていない(PHOTOGRAPH BY MADDIE MEYER, GETTY IMAGES)

スナーフィンがスノーボードに

スノーボードといえば、世界で最も人気が高いスポーツのひとつだ。その始まりは、雪の日も外遊びがしたくてたまらない子どもを楽しませるために、ある父親が考え出した「スナーフィン」という手軽な遊びだった。

1965年、米ミシガン州マスキーゴンに住むシャーマン・ポッペン氏は、我が子がそり遊びをできるように2本のスキー板をつなぎ合わせてみた。雪面でサーフィンのまねができることから、ポッペン氏の妻が、このおもちゃを「スナーファー」と名付けた。ポッペン氏がスポーツ用具メーカーに売り込んだところ、考案から1年もたたないうちに、スナーファーはクリスマス商品として大ヒットし、その後、全米で大流行した。

マスキーゴンで小規模な大学トーナメントとして始まった競技会はたちまち、スナーファーの製造会社が後援する年次の選手権大会にまで発展した。だが、主催者側の意図とは裏腹に、選手たちは自作のボードを使用するようになった。選手たちは、ポッペン氏が商標登録していたスナーファーという名称を避けて「スノーボード」と呼ぶようになり、そのまま定着した。

1985年にスナーファーは市場から姿を消し、スナーフィンも忘れられた。だが、スノーボードは世界中に広まり、1998年の長野大会では、ついにオリンピックの正式種目として採用された。

米ユタ州のスノーボーダー。スノーボードの原型となったスナーファーは、約1.2メートルの合板に黄色と黒のストライプが入ったエナメル仕上げだった(PHOTOGRAPH BY LEE COHEN, GETTY IMAGES)
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アイススケートが人々の娯楽に