「多くの研究により、腸年齢が進むことで慢性的な炎症が生じることが分かってきた。ここでいう炎症とは感染症によって起こる肺炎のような急性の炎症ではなく、体内で常に起きている微量かつ持続的な炎症のこと」(内藤教授)。なかでも、腸管の表面(上皮細胞)を通過して体に悪さをする異物が侵入するのを防いでいる「バリア機能」が破綻することによって起こる炎症は全身に波及し、さまざまな疾患につながる。チェックリストにある「肉類が好き」が高じて脂肪を取り過ぎる一方、食物繊維の摂取が少なくなると悪玉菌が増え、腸表面を守る粘液層が薄く脆弱になる。「こうして手薄になった腸バリアを通過した細菌や異物などが体内に漏れ出し、炎症を起こしていく。つまり、腸は老化やそれに伴う疾患の起点の1つとなる」(内藤教授)。
京丹後市、百寿者が全国平均の3倍
内藤教授は2017年から百寿者数が全国平均の約3倍に上る長寿地域の京都府京丹後市で、高齢者の腸内細菌叢と健康度合いの関連を調べている。すると、この地域の高齢者の腸内には炎症を抑えたり、異物が体内に侵入するのを防いだりする免疫物質「IgA(免疫グロブリンA)」の分泌を促す「酪酸産生菌」という種類の菌が多く存在していた。さらに、サルコペニア(加齢による骨格筋量や筋力の低下)の人の割合も少なかった[1]。
フィンランドで成人約7200人(平均年齢49.5歳)を15年間追跡した研究をもとに「寿命を短くする腸内細菌はプロテオバクテリア門の菌ではないか」という仮説が、21年に発表されたばかり[2]だが、京丹後市の高齢者ではこのプロテオバクテリア門の菌の占有率も少なかったという。「酪酸産生菌やビフィズス菌といった有用な働きをする菌は、酸素がある環境では生きられない。健康な人の腸の奥は酸素が入り込まないようにバリアが巡らされているので、これらの有用菌が生きやすい。一方、寿命を短くするプロテオバクテリア門の菌は、多少酸素があっても生き抜くことができる菌。つまり、炎症によって腸管のバリア機能が壊れ、腸管内に酸素が入り込む状態が起きると、このような菌がすみ着きやすくなるのだろう。こうした悪い働きをする菌がすみ着きやすい腸に変わることが老化促進の出発点になると考えられる」(内藤教授)。
京丹後市と京都市に住む人の疾病データを比較した結果、京丹後市では大腸がんの罹患(りかん)率が約半数で、認知症発症率も低く、血管年齢が若いことも分かってきているという。では、京丹後市の高齢者が疾病に強い腸内細菌叢を維持できている要因は何か。食事調査を行った結果、京丹後市の高齢者は根菜や果物、全粒穀物(玄米、雑穀など精製されていない穀物)、イモ類、豆類、海藻を食べる頻度が高かった(図表3)。
「豆類や全粒穀物に豊富な食物繊維は、酪酸など健康維持の要になる短鎖脂肪酸という物質を作る腸内細菌の餌になる。また、植物性食品はポリフェノールやカロテノイドといった抗炎症や抗酸化作用が強い物質も多く含む。多様な植物性の食品を取ることが腸内細菌叢の多様性を高め、炎症抑制に働いているのだろう」(内藤教授)。また、豆類やイモ類、穀物類には消化されずに腸に届いて有用菌の餌になる難消化性デンプン(レジスタントスターチ)も豊富だ。がんの遺伝的リスクが高い人を対象に平均2年間、定期的にレジスタントスターチを摂取させた英国の研究では、膵臓(すいぞう)がんや胃がん、胆道がんなどを半分以上減少させたという[3]。
「腸の健康を考えるとき、日本人の食生活の一番の弱点は食物繊維量の少なさにあるといっていい。玄米から食物繊維などを取り除いた白米や白パンを主食にしているため、穀物由来の食物繊維摂取量は世界の中でも特に少ない。3食に1食だけでも主食を全粒穀物に変えるだけで、腸年齢進行にブレーキをかけることができるはずだ」(内藤教授)。
