
香港の海は、騒音に満たされている。巨大な貨物船や高速フェリーがひっきりなしに行き交い、沿岸部では開発が果てしなく続けられている。ここは、地球上でもとりわけ都市化が進んだ地域のひとつだ。
一方で、珠江デルタと呼ばれるこの地域の海には、約2000頭のシナウスイロイルカが暮らしており、おそらく世界最大の個体群と見られている。
ところが香港のイルカ(その大半がランタオ島の南の海に生息する)の数は、過去15年間で80%以上減少している。「イルカは人工の騒音に圧迫されているのです」と、WWF(世界自然保護基金)香港でクジラ目の保護を担当するドリス・ウー氏は言う。
2016年以降、ウー氏のチームは、この海域の10カ所あまりの地点で音響モニタリングを実施し、船のスクリューや海底掘削、産業トロール船などによって発生するさまざまな騒音が原因で、イルカがコミュニケーションできる可聴範囲が最大で45%縮小していることを発見した。
「海のジャイアントパンダ」
「海のジャイアントパンダ」とも呼ばれるシナウスイロイルカは、海岸付近の河口域に生息している。彼らは獲物の減少、生息域の喪失、水質汚染、船舶との衝突などの脅威にさらされているが、近年、研究が進んいるのが騒音公害による悪影響についてだ。
イルカは、音に頼って餌を食べたり、コミュニケーションをとったり、海中を泳ぎ進んだりする。そのため大きな騒音には敏感で、場合によっては聴覚の喪失や死につながることもある。その結果、シナウスイロイルカとスナメリという香港に生息する2種のイルカは、2017年以降、国際自然保護連合(IUCN)によるレッドリストの「危急種(Vulneable)」に分類されている。
WWFとカナダのビクトリア大学などが共同で行った研究では、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)の最中、フェリーの航行が一時的に止まったことで、シナウスイロイルカの食物獲得レベルが急上昇したことが判明した。研究者が観測している最中に食物獲得が観測された割合が、それ以前の8.5%から70%に増加したのだ。社交的な行動も4倍近くに増えていた。

2021年7月に発表されたニュージーランドでの同様の研究では、2020年3月のロックダウン(都市封鎖)の最中、船が航行するルートの環境音が低下し、魚やイルカがコミュニケーションできる範囲は最大65%拡大した。
「驚かされたのは、こうした変化の規模と、それが起こった速さでした」と、同研究の主執筆者であるマット・パイン氏は言う。「あっという間に良い影響が見られるのです」