人々に愛されるマナティー なぜ餓死してしまうのか

2022/12/1
ナショナルジオグラフィック日本版

写真家のエリカ・ラーセンは写真を通じて、文化と人々 、そして自然を結びつける何かを探す。今回は穏やかな海の生き物とのつながりがテーマだ。写真家のコトバに耳を傾けてみよう。

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防潮堤の上に座って、耳を澄ましてみる。

すると、あの音が聞こえてくる。マナティーが水面に浮上して勢いよく息を吐く音。彼らはすぐにまた潜っていく。豊かに生き物を育むフロリダ沿岸の春の海へと。

私はマナティーの呼気の音を「太古の音」と呼ぶようになった。このおとなしい海生哺乳類の系統をたどれば、5000万年ほど前に陸上で暮らしていた草食哺乳類に行き着くからだ。このように長い進化の歴史を誇るマナティーだが、現在の生息域では、多くの群れが深刻な危機にさらされている。

ライターで写真家のジーナ・ステフェンズと私は、2019年にナショナル ジオグラフィックの若手育成プログラムでペアを組み、一緒に何かできないかと話していた。私はその数年前に米フロリダ州南部に引っ越してきたばかりで、ジーナは当時、南米のコロンビアで暮らしていた。

「世界のマナティーの都」として知られるフロリダ州クリスタルリバーには、もともとジーナの曽祖母が住んでいた家がある。その家は冒頭の防潮堤を挟んで、マナティーの保護水域に面している。ジーナは子ども時代に多くの日々をこの家で過ごし、コロナ禍の最中にも数週間滞在した。私も合流し、何ができるかアイデアを出し合った。

2021年はマナティーにとって災難の年だった。フロリダ州の大西洋岸では水質の悪化でマナティーが食べる海草が激減し、1000頭を超す個体が死んだのだ。この年、ナショナル ジオグラフィックに私たちの企画が採用され、マナティーに関する記事をつくることになった。