栄一は「無欲は怠惰の基である」「ただ悪いことをせぬというのみしては世にありて何も効能がない」と説く。昔から人間には天命・宿命・使命・運命の4つの「命」があるといわれる。健氏は「天命と運命を混同している人が少なくない。天から与えられたものは変えられないが、運命は努力次第で変えられる」と話す。論語と算盤には「順境も逆境もなく、その人は自らの力でそういう境遇を生み出したに過ぎない」との言葉がある。

栄一は順境を招き入れる行動を日々取っていたという。第一にさまざまな人と好き嫌いせずに会うこと。情報を入手し、信頼関係も築くことができる。「良い運を持ってきてくれる人は自然に見分けられるようになる」と健氏。さらに何事も自ら行動することが欠かせない。栄一は「お膳立てをした上で養ってもくれるほど、先輩も世間も暇ではない」との言葉を残した。自分の責任を明確に自覚することも大切だ。

AIで到達できない世界を 

栄一は、信用は資本であり、商売繁盛の根源とまで言い切っているという。「他人に責任を転嫁する他責思考は、何事にも当事者意識を持てないのでビジネスの世界では成功しない」と健氏。チャンス到来を待つ辛抱強さ、逆に損を見切る勇気も、最後は「運」を引き寄せるとみる。逆に大言壮語や猪突(ちょとつ)猛進は、運を逃がしていく。

若い世代のキャリアアップに一番重要なのは「見えない未来を栄一のように信じることができるかどうか」だと健氏。人工知能(AI)で到達し得ない世界だと説く。「『AかBか』という選択では人間はAIにかなわない。しかし論語と算盤を一緒に利用するという『と』の発想は、逆にAIは計算できない」と健氏は言う。

不安をはねのけて、見えない未来をどう信じるか。「自分の追い求める理想が、自分だけではなく、人々や社会をより良く、より幸福にできるかどうかで確信が生まれてくる」と健氏はみる。米経営学者のミルトン・フリードマンは企業に「利益の最大化」を求めた。コロナ禍を経験したこれからの企業に求められるのは「価値の最大化」だと健氏。その企業が社会的にどの程度持っているかが成長力にもつながっていきそうだ。健氏は社会的課題解決のための新ビジネスを相次ぎ創出している「ミレニアム・Z世代」に注目している。

栄一が大蔵省(現・財務省)の次官級ポストをなげうって民間に転出したのは33歳。現代のビジネス社会では入社してから10年目前後にあたる。健氏は「転職か、起業か、現在の立場を続けるか――。世の中にどう貢献できるかを頭の片隅において今後を模索してほしい」と説いている。

(松本治人)