極度にポジティブな人々を書く

価値観がものすごいスピードで激変し、5年後、何がよしとされているかも読めない今。本谷自身も5歳と0歳の子を持つ母親として、「すごく難しいミッションを突き付けられている」と言う。

「でも、結局人間は、テクノロジーによって変わったり、変えられたりしていく。デジタル機器という道具に、自らを寄せていってしまえる生命体なんです。そんな節操のない生物、ほかにいますか? それなら、そもそも“人間らしさ”“私らしさ”にこだわることに意味があるのかな、と。『○○ちゃんママと呼ばないで! 私にも名前がある!』なんて段階を突き抜けて、ママという“性能”を節操なく満喫している、そういう人間を想像して書きました。自分が何に違和感を持っていたかすら分からなくなった母親、子ども、社会――人間をシステマティックに更新させていったらどうなるのか、それを想像していく作業は、スリリングでした」

かつての本谷作品では、語り手は生きづらさを抱え、孤独の中で鬱々悶々(もんもん)ともがいていた。しかし、「人が悩む姿を書くだけでは共感で終わってしまう」と思い、「極度にポジティブな人々」を書くようになった。すると、自分自身も「節操がなくなってきた」。

「自意識が抜けた、というか。芝居の演出をしていた私が、小説を書き、テレビに出て、と、新しいことをするたびに、演劇を捨てたとかイメージを裏切ったとか、言われたこともありました。作家としても、以前の自分なら『文学とは?』なんて考えていたけれど、今はどんどん素直になって、『何を書いてもきっと小説は許容してくれる』というスタンス。生きづらさの先、『この時代で誰よりも生きやすい人々』について、もっと書きたいですね。マイノリティーよりマジョリティーという存在に興味があるんです」

教訓も救いもなく、ポンと投げ出されるようなラストは、人間への愛があればこそ。本谷有希子。中毒性の高いコンテンツである。

もとや・ゆきこ 1979年、石川県生まれ。2000年「劇団、本谷有希子」を旗揚げ。戯曲に『幸せ最高ありがとうマジで!』(第53回岸田國士戯曲賞)など、小説に『嵐のピクニック』(第7回大江健三郎賞)、『自分を好きになる方法』(第27回三島由紀夫賞)、『異類婚姻譚』(第154回芥川龍之介賞)、『静かに、ねぇ、静かに』などがある。
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(ライター 剣持亜弥)

[日経エンタテインメント! 2021年9月号の記事を再構成]

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