例えば、トランプ前大統領は、2020年の大統領選挙での敗北をいまだに承認していないが、在職時を含めて、有権者の政治参加(デモクラシー)を全面的に否定していたわけではない。社会を人々に対して開き、人々を対等に扱い、法の支配を尊重し、権力の分立を定めた政体を守るといった自由主義的な原則(リベラル・デモクラシー)を嫌っていた。

フクヤマ教授は、我々は「歴史の終わり」への移行期にあるという。そして、目下、ポピュリズムやナショナリズム、また、アイデンティティーによって人と人を峻別(しゅんべつ)する傾向の高まりによって、リベラル・デモクラシーがゆがんでしまっていると指摘した。いささか回り道をしたが、本書の著者ラックマンは、この問題意識を共有しているように感じられる(本書の2カ所=297ページと352ページで=フクヤマ教授の名前が登場するが、文脈はこの解説とは異なる)。

プーチン大統領は反リベラルのアイコン?

読者もご存じのように、ウクライナに侵攻したロシアを表立って厳しく非難し、制裁にまで踏み切っているのは、実はG7(主要7カ国)を中心とする先進国くらいだ。このグループの大きさは人口比では、世界の半分にも満たず、3分の1にとどまる。中立を決め込む国々と、ロシアの主張を理解・支持する国々もそれぞれ3分の1ずつを占める(6月28日付の日経朝刊「そして3極に割れた世界、協調嫌がる『中立パワー』台頭 」)。

5月にワシントンを訪れ、国務省・国防総省の幹部らに尋ねたところ、アジア代表の側面もある日本がいち早く米欧の主要国と足並みをそろえた結果、「結束はグローバルなものになった」と口々に日本の対応を評価していたが、もし、日本が出遅れていたなら、どのような事態になっていただろうか。「強権的指導者の時代」にますますアクセルがかかったのかもしれない。

深刻なのは、西側の一部に侵攻以前のプーチンに対して、賛美の声が上がっていたことだ。「文化的保守主義者から過激な人種差別主義者まで、右派・ナショナリストの政治家にとって、プーチンはある種のアイコンとなっている。移民や同性愛者の権利、フェミニズム、多文化主義を推奨する、ヒラリーやメルケルに代表される西側のリベラルな権力者層(エスタブリッシュメント)に対する反抗のシンボルが、プーチンなのである」(64ページ)

ロシアに対する一連の制裁は効いていないという見方と、時間はかかるが、ダメージはいずれ大きなものになるという分析に分かれている。もし、前者が正しい場合、強権的指導者たちの自滅を待つしか対策はないのだろうか。彼らは「国の統治よりも選挙活動のほうが得意だと証明してきた。彼らは個人的なファンを集めることにはたけているが、効果的に統治するためのテクノクラートならではのスキルや忍耐力には欠けている」(352ページ)。ジョンソン首相が辞任表明に追い込まれたのは、まさにこの理由からだった。

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軌道修正難しい強権的支配