世界の終わりに向かっている高速列車のよう

佐藤 「ノー・ゴーイング・バック」とは具体的にはどのような意味ですか。
ユヌス このように考えてみてください。私たちは新幹線のような高速列車に乗っています。その列車の中はきれいで、快適で、わたしたちは満足した日々を送っています。ところがその高速列車は実際、どこに向かっているのでしょうか。世界の終わりです。その現実に私たちは気づきません。なぜなら列車の中にいる私たちの目にはすべてが順調に進んでいるように見えるからです。
世界経済は成長しつづけています。世界各国も繁栄しつづけています。新しいビルが次々に建設され、新しいスマートフォンも開発されています。しかし、この列車がたどっているのは破滅への道です。この地球という名の列車は、刻一刻と世界の終わりに近づいているのです。
そこにパンデミックが起きました。突然、この高速列車は急停止しました。列車を降りて、周りを見渡してみて、ようやく、どこへ向かっていたかに気づいたのです。
「私たちはここから真新しい列車に乗って、全く別の方向に進むのだ。二度と過去の世界には戻らない」といまここで決意すること――これが「ノー・ゴーイング・バック」の意味するところです。
いまこそ新しい世界へと導いてくれる新しい列車をつくらなくてはなりません。そして人々が皆、豊かになり、富を分かち合う世界へと向かいましょう。
これらを実現するには、パンデミック前の世界とは真逆のことをやらなくてはなりません。すべてを変えるのです。新しい旅をいますぐはじめるべきです。待っている時間などありません。待つ必要もありません。一人ひとりが動き出すのです。「ノー・ゴーイング・バック」を決断するのは私たち一人ひとりです。
「3つのゼロの世界」へ歩み出せ
佐藤 ユヌス博士が考える新しい世界とはどのような世界ですか。
ユヌス 私が提唱する新しい世界とは「3つのゼロの世界」です。「3つのゼロの世界」とは、貧困ゼロ、失業ゼロ、CO2(二酸化炭素)排出ゼロを実現した世界です。貧困ゼロとは、富の集中ゼロという意味でもあり、CO2排出ゼロとは、温暖化ガス排出の実質ゼロを意味します。世界はいますぐ「3つのゼロの世界」の実現に向けて、歩みださなくてはなりません。
新しい世界では、化石燃料(石油・石炭・天然ガス)やプラスチックを一切使用できなくなります。化石燃料に関わるビジネスを営んでいる企業は、業態を変えるか、事業から完全に撤退する必要が出てくるでしょう。世界のCO2排出量の89%は化石燃料由来です。化石燃料を使用するのを完全にやめなければ、CO2排出ゼロを実現できません。
これらのビジネスを残したまま、エネルギー転換を推進するのは簡単ですが、そのような中途半端な決断では、この問題は永遠に解決しません。私が「石油ゼロ、石炭ゼロ、プラスチックゼロ」を提唱しているのはそのためです。世界はとてつもなく勇気ある決断をしなくてはなりません。