
「フレンチにはワイン」というのが昔からの王道だが、最近はフレンチに日本酒を合わせるペアリングも登場してきている。フレンチの伝統的な調理技法を駆使しつつも、時代のニーズに合わせて和食材やうま味(UMAMI)を表現したフレンチが増えつつあり、一方で洋食に合う日本酒も続々と登場しているからだろう。今回は日本人の味覚にマッチする“UMAMIフレンチ”の店と、「ミシュランガイド」にも掲載された女性シェフが提案する軽やかな新感覚フレンチ店での日本酒ペアリング体験を紹介する。
“UMAMIフレンチ”の巨匠、「ARGO」唐澤シェフ
コンブや魚醤(ぎょしょう)、麹(こうじ)などを料理に取り入れながら、独自の“UMAMIフレンチ”を提供して注目されているのが、東條會館(東京・千代田)の9階にあるフレンチレストラン「ARGO(アルゴ)」だ。料理長の唐澤豪氏は「MONNA LIZA(モナリザ)」や「銀座レカン」といった都内の有名フレンチなどで働いた後、2021年9月に同店の料理長に就任した。
普段のコースではワインをメインに提供しているが、唐澤氏の“UMAMIフレンチ”に合う注目の酒として、ペアリングコースでは日本酒も提供している。この意外な組み合わせが好評であるのを受けて、6月に開催された晩さん会ディナーでは、若鶴酒造(富山県)の日本酒と、白エビ、羅臼コンブ、しょうゆ「北陸」といった富山の食材や調味料を使った特別コースが提供された。

7品からなるコースには、若鶴酒造の日本酒3杯と、同蔵のウイスキーベースのドリンクが3杯ペアリング(ミニコンサート+アルコール・ペアリング+フルコース、サービス料込み3万円)。若鶴酒造は日本酒の蔵元である一方で、北陸で唯一のウイスキー蒸留所としても知られている。日本酒とウイスキー、想像もつかない斬新なフレンチのペアリングに客たちの期待が高まる中、チェロ四重奏のミニコンサートが始まった。
緑豊かな皇居周辺のビル群は、夕陽の傾きとともに鮮やかなオレンジに色づき、やがてきらめく夜景へと変化していく。その光景を美しいチェロの音色に癒やされながら眺めているだけでも甘美で優雅な時間を堪能できるのだが、「ARGO」ではそれさえも前菜。

前半のコンサートが終わると、最初の「口福のひとさら」が提供された。かわいらしいスプーン料理もお目見え。シェフの出身地でもある新潟県の妻有(つまり)ポーク薫製仕立てや、コンブじめしたキスをノリ入りの衣で揚げた風味豊かなフリット、そしてコンブサブレの上に富山県産白エビをあしらった料理の盛り合わせ。最初の1品目から力強いコンブのうま味が表現されていて、一般的なフレンチとは一線を画した唐澤氏独自の世界観にいざなわれる。
合わせる酒はウイスキーハイボール。ウイスキーの芳醇(ほうじゅん)な香りが薫製豚によく合い、思わず笑みがこぼれるおいしさ。ちなみに1品目はサトウキビの廃材で作られたWASARAに盛られており、そのまま土に還るというもの。SDGsの取り組みにも積極的な店なのだ。
2品目の「玉蜀黍(とうもろこし)とはとむぎ茶」はトウモロコシスープの上に、トウモロコシムース、さらにハトムギのジュレという繊細な三層仕立て。トウモロコシの優しい風味に、こっくりと甘く、うま味が豊かに広がる日本酒「苗加屋(のうかや)純米吟醸 玲橙(れいのとう)」をペアリング。香ばしいハトムギの風味ともよく合い、後味はすっきり。野菜の上品で繊細なうま味には、確かに、酸味の効いた白ワインなどでは台無しかもしれない。フレンチだけれど日本酒がよく合うのが分かる。