灘は生徒の個性を重視し、自由を重んじる学校。ガリ勉はバカにされ、面白いことをやる生徒が尊敬される雰囲気だった。しかし、大学受験が迫ると、必ず問われる二者択一の選択肢がある。「医学部を志望するか否か」。和田孫博校長は「学校側はそう迫っていないけれど、医師の子弟が多く、医学部を目指す生徒が多いのは事実ですね」という。

灘は東大以上に医学部志向の強い進学校だ。21年まで過去5年間の東大合格者数は全国3位の87.2人(平均卒業者数218.8人)、一方、国公立大学部医学部医学科の合格者数は同2位の80.0人。しかもその半数は東大理科3類(医学部医学科に進む科類)のほか、京大や大阪大学の医学部医学科が占める。

「君、数学が得意やろ」

「医学部に行かないと負け組というムードもあった」。数学が得意だった田内氏の成績は10番前後、十分に東大理3を狙える順位だ。しかし、父親から「医者は開業医じゃないともうからんぞ」といわれ、高校教師の伯父からも「中途半端な気持ちで医学部に行かない方がいい」と諭された。最終的に自分でも医師には向いていないと諦めた。将来のキャリア、職業のイメージが定まったわけではないが、東大理科1類に進学した。

大学通信調べ。※印は国立、◎印は私立、無印は公立を示す。合格者数は各高校への調査などから集計した。校名は現在の名称。

東大に入学し、将来の道が少し見えてきた。プログラミングにはまり、国際大学対抗プログラミングコンテストアジア大会で入賞した。東大では工学部に進み、将来はIT(情報技術)エンジニアになろうと考えた。しかし、そこでアドバイスを受けたがのが現在のライブの相方で、東大法学部の学生だった田中氏だった。官僚や法曹の道を歩まず、コンサルタントを経てゲーム事業で起業したユニークな先輩だ。

「君、数学が得意やろ。その能力を生かす仕事があるよ」と紹介されたのが金利トレーダーという職種。大学院修了後、03年にGSに入社した。平均年収が2000万円前後になるといわれる人気の外銀だ。

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医師以外に高収入で多様なキャリアもある