クラブ活動も盛んで、幼稚舎時代は剣道部だった。ラグビーを始めたのは中学からだが、それは修行の場でもあった。

幼稚舎はクラブ活動も熱心で、僕は剣道部でした。ラグビー部もあって、元気がいい子はみんなそっちに入っていました。僕は家の近所の道場に通っていた関係で、その延長でラグビーではなく、剣道にしたのです。

慶応には老舗の2代目、3代目といった御曹司らも少なくありません。家業があると、みんな結構、裕福でもある。一方、僕は玉塚証券の2代目社長でもある祖父が、僕の生まれた年に他界し、その玉塚証券も僕が幼稚舎入学以前に、山叶証券、大商証券と合併(1967年)し、新日本証券(現在のみずほ証券)として再スタート。言ってしまえば、玉塚証券はその時点で消滅したのです。

幼稚舎には入ったものの、自分は周囲の他の子どもたちとは違って家業がない。だから、自分で切り開いていかないとダメだ。子どもながらにそんな思いを胸に秘めていたのを覚えています。だから、周囲ともやや距離を置いていたように思います。

自分には根性がないな、と思っていたという。慶応普通部(中学)への進学を控えた時期に、たまたま目にしたラグビー部の練習風景が転機となった。

グラウンドで厳しい練習に耐え、汗水たらす部員たちの姿がありました。彼らは口を開けば、「練習がエグい」「きつい」と言っていましたが、逆にそういうきついことをやらないと、自分は腐るなと思ったのです。ある意味、修行です。普通部でラグビーを始めたのも、それが理由です。

いざラグビーを始めてみると、単純に好きになりました。おもしろかったからです。ラグビーを通じ「練習は不可能を可能にす」という言葉にも出合いました。慶応義塾の塾長の1人で、上皇さまの教育係も務めた今は亡き小泉信三先生の言葉です。小泉先生の言葉を裏付けるような実体験がこの先の僕に待ち受けているとは……。続きは次回にお話しましょう。

(堀威彦)

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