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シチリア発乾燥パスタ 地中海渡ってジェノヴェーゼに

イタリア美味の裏側(9) イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子

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NIKKEI STYLE

タリオリーニなどの生パスタの特徴は、モチモチとシコシコの両方の食感があることだが、スパゲティなどの乾燥パスタの魅力は弾力のある歯ごたえだろう。生パスタはもともと古代ギリシャから南イタリアへ伝わったことは前回の記事(生パスタはギリシャ由来 イタリアの風土映して七変化)でお話した。では、わたしたちになじみのある乾燥パスタは、どのように生まれたのだろう。

イタリアで乾燥パスタが生まれたのは、南のシチリア島だ。

乾燥パスタそのものは、すでに中央アジアでアラブ人がつくり出していた。砂漠を横切って長旅をつづけなければならない隊商の食料としたのだ。

12世紀ごろ、そのアラブ人の支配を受けたのがシチリアだった。アラブ人が食関連でイタリアへもたらしたものはいろいろあるが、野菜・果物栽培のための灌漑(かんがい)設備がそのひとつ。すでに硬質(デュラム)小麦の一大生産地だったシチリアは、灌漑設備の一部である水車で小麦を大量に挽くことができるようになった。

大量に挽いた硬質小麦と水で生パスタを手打ちすれば、大量の生パスタができる。余った生パスタを乾燥させ、貯蔵したのがイタリアの乾燥パスタの始まりである。

アラブ人にならってシチリアでつくられた最初の乾燥パスタは、アラビア語由来の「トリィ」と呼ばれた。その形は、細長いパスタだったといわれる。

シチリア東部と西部両方のミシュラン星付き店で修業経験があるシチリア料理店「バッバルーチ」(大阪府堺市)の森友亮オーナーシェフは言う。「残念ながら、現在のシチリアには、トリィの原型のようなパスタは残っていません」

形はどうあれ、イタリアで12世紀ごろにシチリア島で生まれた乾燥パスタ。地理から考えれば、イタリア半島の長靴形の底あたりに伝わりそうなものだが、シチリアの乾燥パスタがまず大量に輸出されたのは、北イタリアのジェノヴァだった。

当時、ジェノヴァ共和国はシチリアから地中海を通る交易航路をもっていた。その航路を使って、シチリアから乾燥パスタを運んだのである。14世紀初めにはジェノヴァは乾燥パスタで名をはせるようになった。

ジェノヴァといえば、バジリコや松の実をペースト状にした「ジェノヴァペースト」を思い出す方も多いだろう。ジェノヴァペーストに合わせる手打ち生パスタは「トロフィエ」というねじりパスタだが、のちに普及した乾燥パスタ「トレネッテ」などと結びついて、ジェノヴァペーストを使った「パスタ・アル・ペスト」、日本でいう「ジェノヴェーゼ」が有名になったといえる。

ナポリでトマトと出合った乾燥パスタ

ジェノヴァの次に乾燥パスタが伝わったのは、やはり海運国だったナポリだ。ナポリ近郊のグラニャーノの湿度、気温、風が乾燥パスタの製造に向いていたため、17世紀には生産がはじまった。いまでも「グラニャーノのパスタ」といえば、乾燥パスタの名品の代名詞となっている。

ナポリ近郊の乾燥パスタは、穴あきロングパスタ「ズィーティ」が有名。おもしろいことに、これをポキポキと短く折ってショートパスタとして使うのだが、コシの強さがきわだっている。

乾燥パスタもその土地の食材と組み合わせて、一品のパスタ料理になることは生パスタと同じ。ナポリでは、スペインがアメリカ大陸からもち帰ったトマトを17世紀に栽培し、乾燥パスタと組み合わせた。そうして、トマトソースのパスタが誕生したのだ。

同じくスペインがアメリカ大陸からもち帰った食材でつくる、有名なパスタがある。唐辛子を使った「アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ」。発祥がナポリなのかローマなのか、いまだにわからないが、乾燥パスタのスパゲッティがなければ、このパスタ料理は生まれなかっただろう。

ローマの名物「カルボナーラ風パスタ」も乾燥パスタを使う。スパゲッティなどのロングパスタ派と、両端がペン先のように斜めに尖った「ペンネ」などのショートパスタ派に分かれるが、いずれにしても乾燥パスタと地元の羊のチーズ「ペコリーノ」なくして、このパスタ料理も生まれなかっただろう。

もうひとつのローマの名物パスタ「アラビアータ風ペンネ」も、唐辛子入りトマトソースと乾燥ショートパスタ「ペンネ」の組み合わせが正統とされている。南部の「オレッキエッテ」はもともと手打ち生パスタだったが、いまでは乾燥パスタとして広がり、菜の花に似た野菜をくたくたに煮てソース代わりにするのが定番である。

風変わりな形なのは、「小さな指輪」という意味の「アネレッティ」。シチリアの乾燥パスタだが、いったん型に入れて、型からはずして食卓に出す。乾燥パスタはだいたい庶民が食べるものだが、かつての貴族や領主向けの宴料理だった。

日本で手に入るシチリアのブジアーテ

さて、乾燥パスタのなかでも珍しい形で、現在、日本でも売られているシチリアの歴史あるパスタをご紹介しよう。

かつては葦(あし)という植物の茎に巻きつけ、のちに針金や編み棒に巻きつけてつくるようになった「ブジアーテ」。形は管状に近い。主にシチリア西部でつくられ、地名からとった「トラーパニ風」とよばれるアーモンドのソースで食べる。パスタの独特の形状から、ソースがからみやすい。

森シェフもたまには使うという乾燥パスタの「ブジアーテ」。製造元はシチリア西部トラーパニ県エリチェにある「パスティフィーチオ・アルティジャナーレ(手作りパスタ製造所)・カンポ」で、1928年創業、製粉所から始まった。エリチェの丘に畑をもち、無農薬で小麦を栽培。水は地元の天然水を使っている。成形したパスタは低温で32~36時間かけて乾燥させる。

森シェフにシチリアで一般的な「カジキマグロとナスとアーモンドのブジアーテ」のつくり方を聞いた。大きさをそろえて角切りにしたカジキマグロとナスを熱したオリーブオイルで炒め、みじん切りのニンニクを加える。砕いたローストアーモンドとパスタの茹で汁を加え、茹であがったパスタを加えて混ぜる。

かつて乾燥パスタにも郷土色があったが、いまではイタリア全国はもとより、日本でも手に入る乾燥パスタの種類は多い。「この乾燥パスタならこのソースで」と組み合わせを頑としてゆずらないイタリア人も多い。乾燥パスタの弾力ある歯ごたえと、ソースとの相性をかみしめたい。

(イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子)

中村 浩子
イタリア食文化文筆・翻訳家。東京外国語大学イタリア語学科卒。イタリアの新聞社『ラ・レプブリカ』極東支局長助手をへて、文筆・翻訳へ。著書に『イタリア薬膳ごはん』(共著)『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(共訳)『スローフード・バイブル』。

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