板東さんは、自身も「目から鱗(うろこ)だった」という『たまたま』を薦める理由についてこう話す。

「この本は、エンターテインメントやスポーツから、経済、医療、司法、天体や分子の動きなど科学の世界まで、さまざまな実例を挙げながら、私たちの日常がいかに『偶然』に支配されているかを解き明かしてくれます。行政の仕事でも不確かさや予測できない事態に直面し、その中で意思決定を迫られる場面が数多くあります。新型コロナウイルスを巡っても、検査の精度やワクチンの有効性、副作用が起きる確率などさまざまな数字をどう判断し、政策に反映させるかが問われています。これからますます不確実性が高まっていく中で、どうすればより合理的な判断ができるのか。この本はその判断の軸を考える上でさまざまな視点を与えてくれると思います」

板東さん自身キャリアを振り返ると、基となるデータが必ずしも100%確実とは言いきれない中で、難しい判断を迫られたことが幾度となくあった。

「消費者庁時代に関わった食品安全や特定保健用食品(トクホ)、機能性表示食品の取り扱いも、100%の安全はないことを前提に、リスクの大きさと確率をどう判断し、どこで線を引くかが問われました。今、関わっている裁判の世界も、確からしさをどう判定していくか、合理的な疑いを挟めないぐらい立証できたかどうかが有罪無罪の分かれ目になります。もちろん、社会に生ずるさまざまな事態は、物事が起きる確率・ランダムネスの問題だけでなく、実態に人々がどう反応したかに大きく左右される可能性があります。この本には、小さな誤差が思わぬインパクトをもたらしたり、人々の思惑によって想定以上に物事が動いてしまったりする事例が出てきますが、政策の成功・失敗も例外ではありません。新型コロナ対策も感染などのリスクの不確実性と人々や政治の動きが相まって、想定通りには行かず、常に見直しが必要になっています」

確からしく見えるものにだまされがちな時代

難しい判断をする際、板東さんは、「鳥の目」「虫の目」「魚の目」を持つことを常に意識してきた。鳥の目は俯瞰(ふかん)的・抽象的に見る視点、虫の目はミクロ的・具体的に見る視点。研修などでも後輩たちに「官庁にいると『鳥の目』ばかりになって、現場の『虫の目』を忘れがち。その両方の視点を行ったり来たりしながら、『魚の目』でもって潮の流れや速さを認識することが大事」と繰り返し伝えてきた。その思いと、同書で強調されている偶然性を理解した上での「多様なものの見方」には重なるものがあると感じた。

「鳥の目」「虫の目」「魚の目」が必要だと話す

「国家公務員の場合、日々の決定が人々の暮らしに大きな影響を与えますし、企業においても組織のリーダーともなればその決定がもたらすインパクトは非常に大きくなるでしょう。不確かであればあるほど、人は確からしく見えるものにだまされそうになったり、過去の経験や直観に頼りたくなったりします。だからこそ意識して、それらを信じすぎていないか、多角的・長期的な視点で物事を捉えられているか、常に自己点検しなくてはなりません。この本には即効性があるノウハウが書かれているわけではありませんが、いろんな事例を知ることで、そういう思考回路、判断軸を養っていく一助になると思います」

変化の激しい時代、「多様な視点」の重要性はあらゆる組織で高まっている。板東さんはとりわけ若い世代の視点に注目し、期待を寄せているという。

「今の若い世代は、官僚の道を選ぶか否かにかかわらず、非常に利他的で高い公共マインドを持っている人が増えている。あらゆる組織において、昨今話題になった『忖度(そんたく)』ではなく、彼らが『異論』を唱えられる環境をいかにして作っていくかが問われていると思います。若い人たちにはどんどん意思決定の場に参加してもらいたいですね」

(ライター 石臥薫子)

たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

著者 : レナード・ムロディナウ
出版 : ダイヤモンド社
価格 : 2,200 円(税込み)