3種マグロで究極握り ワインもいけるサンチャモニカ

「まぐろ三重奏」「余韻で飲めるほっき貝」――。2021年6月東京・三軒茶屋にオープンしたすし店「寿司とワイン サンチャモニカ」を訪れ、驚いた。メニューに「これはどんなすしだろう?」と思わせるユニークなにぎりがずらりと並んでいたからだ。
「まぐろ三重奏」というのは、大トロ、あぶりトロ、漬け赤身という3種類のマグロをシャリにのせた欲張りな一品。客に「どのマグロにしよう」と迷わせない究極の握りだ。

「余韻で飲めるほっき貝」は、ヒモ、貝柱も一緒に握ったホッキ貝。貝のうま味をたっぷり味わえるので、「余韻で日本酒が飲める」というわけ。ホッキ貝といえば、コリコリと硬いイメージがあるが、とろりとした舌ざわりで身は軟らか。これをつまみにぐっと酒を飲みたくなるメニューだ。
「あて巻き」も種類が豊富で、思わず目を引き付けられるメニューがある。「あて巻き」とは、酒のアテ(つまみ)になる巻きずしのことだが、ウナギとチーズを巻いた「うなチー巻き」や「マスカルポーネ酒盗巻き」「紅鮭の塩すじこ巻き」などひねりの効いたメニューから、定番の「かっぱ巻き」まで15種類ものつまみ巻きがずらり。

その中で、ひときわ異彩を放つのが、「泣けるかんぴょう巻領域展開 号泣ナミダ巻き」だ。
甘辛く煮込まれたかんぴょうの巻きずしの上に盛られるのは山わさび。客に出す最後の仕上げに、目の細かなおろし金でおろした山わさびをすしの上にたっぷりのせるのだ。おろしたての山わさびの爽やかな香りが漂い、食欲がそそられることといったら。

てんこ盛りになった山わさびに「もしかして、激辛罰ゲームか」と少し身構えるも、甘辛いかんぴょうとほどよく合わさり、やみつきになりそうな一品だ。ちなみに「領域展開」とは、人気漫画・アニメーション「呪術廻戦」に登場する必殺技。「辛いのが苦手なお客様が、ネーミングに引かれてオーダーされたことがあります」と同店の店主、綱嶋恭介さんは笑う。

「黒豆マスカルポーネ」に黙って出てくるデザートワイン
魅力的な料理ばかりに目を奪われがちだが、実は、店名が示す通り同店の一番の特徴は、すしと一緒にワインを楽しめることにある。10数品の料理やすしが組み込まれたコース(4000円と5000円の2種)では、ワインや日本酒のペアリングを提案(ドリンク代は別)。シャンパンから各国ワイン、こだわりの日本酒までをすしなどと共に楽しめるよう考えていて、ペアリング初心者にも人気だ。
特に、コースの最後に出す「黒豆マスカルポーネ」(甘く煮た黒豆とマスカルポーネチーズを合わせた一品)には、客がオーダーしなくてもこれに合うデザートワインを一緒に出すようにしている。「最後に一杯料理と合わせたワインを飲むことで、ちゃんとペアリングができたという満足感を味わっていただきたい」(綱嶋さん)と考えるためだ。「興味がなかった方も、これをきっかけにペアリングに関心を持っていただければ」と言う。実際、同店で初ペアリングを体験した女性は、「想像以上に楽しかった」と言い、特にデザートワインと黒豆料理の組み合わせが気に入ったそうだ。
こんなことを聞くと、ワイン好きが高じてすしとワインの店を出そうと思いついたのかと思いきや、「もともとは、ワイン好きではなかった」と綱嶋さんは明かす。独立前には、人気居酒屋「塚田農場」などを展開するエー・ピーカンパニー(東京・豊島)で手腕を発揮してきた綱嶋さんが、ワインに目覚めたのは数年前。同社が手掛けるワインを売りにした業態を担当することになってからだ。「仕事のためにソムリエの資格を取る勉強をしたら、『ワインってめちゃくちゃ面白いな』と思ったんです」
それまでは、酒を飲むとなればハイボールやレモンサワー、日本酒。ワインの世界にはなじめなかった。「ソムリエってなんだか上から目線で話されている気がしましたし、横文字やカタカナの羅列で、何がなんだか分からない」というのが綱嶋さんにとってのワインだった。

ワインにつきもののテロワール(ブドウ畑を取り巻く自然環境要因のこと)という言葉が苦手だったが、「勉強をするうちに、リンゴの産地である青森で造ったワインはリンゴのような香りが、マンゴーの産地の宮崎ではトロピカルフルーツのような香りが出ると分かった。産地の気候が分かれば、ワインの基本的な傾向も分かると気が付いて。僕は小学校のときから地理や社会科が好きだったんです。だから、世界地図が頭に入れば、ワインはある程度分かるぞって思ったらわくわくした。そこからワインを色々飲んでみたくなったんです」
ワイン嫌いだった店主がワインにハマり、日々勉強

南フランスと北フランスの味わいはどう違うのか。スペインはどうなのか。学んだことを客に伝え、その知識を客から感謝されるうちに、さらにワインが面白くなっていった。「日中、ワインの学校で勉強したことは、その日の夜にはお客様にそのまま伝えていた。こう話しても伝わらなかったけど、こんな風に話すとお客様に分かっていただけたなど、どんどん表現をブラッシュアップできたのも、楽しさにつながりました」
ワインに目覚めた綱嶋さんが同店のコースでペアリングを薦めているワインには、シャンパン以外で日本で人気の高いフランスやイタリアのワインが見当たらない。「フランスのワインって、それ単体では完成されていなくてペアリングありきだと思うんです。料理を合わせることで完全に楽しめるようになる。飲みなれていない人は、単体でおいしいワインの方が楽しい。また、その方が、幅広い料理に合わせられるんです」

ペアリングリストにある海外ワインの産地は、近年大きな注目を集めている南アフリカやジョージア。ワイン発祥の地といわれるジョージアは、「クヴェヴリ」と呼ばれる土中に埋めた素焼きのつぼで熟成させたオレンジワインをラインアップ。オレンジワインとは、皮などと共に発酵させた白ワインのことで、独特のボリューム感がある。一方、南アフリカは、すっきりとした酸が特徴の白ワインや、ハチミツのような甘さがあるデザートワインをリストに加えた。綱嶋さんの話を聞くと、ワインを飲みながら世界地図を思い浮かべたくなる。
サンチャモニカは、綱嶋さんが手掛ける2つ目の店。1店目は東京・経堂のワイン居酒屋「酒ワイン食堂 今日どう?」、地名を織り交ぜた絶妙なネーミングだ。「店名が地元の方に受けて、2店目もそんな風にしたいと考えていた。それで、(米国の有名リゾート)サンタモニカをもじって店のある地名を入れた『サンチャモニカ』にしたんです」

これからも1店ずつ個性的な店づくりをしていきたいという綱嶋さん。「全く興味がなかった僕が180度変わるぐらい、ワインって面白い。それを発信していきたい」。次はどんな店を考えているのか、店名まで期待せずにはいられない。
(ライター メレンダ千春)
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