全員がプロデューサー ボツはなし

島根県海士町での暮らしは未知との出合いにあふれていた。 経営観も変わったという

企画の進め方もユニークだ。同社では一人ひとりがプロデューサーという立場で、著者に共鳴したり、翻訳して出したい海外書籍を見つけたりすると企画を出し、なぜ出版したいのかを自分を主語に話す。それに対しメンバーからフィードバックをもらうが、面白いのは、全員が出版することを前提にアイデアや意見を出す点だ。だからフィードバックを受けて企画者本人が諦めない限り、ボツにはならない。3〜4回続けていくと企画も洗練されて共感するメンバーが増える。最終的に全員から拍手が起こればそれがゴーサインだ。

「当社の経営理念は『誰かの夢を応援すると、自分の夢が前進する』ですが、誰かの夢を応援すると、逆セレンディピティー(偶然的な出合い)が起きやすいのです。つまり、自分が業務で取り組んでいることは自分自身の夢ではないけれども、他人の夢を応援していると自分の夢と関連する何かが見つかることが多い。英治出版も創業当初は、誰が本を書いてくれるか全くわからなかったけれども、振り返ると僕自身が思いも寄らなかった著者と仕事ができています。他の人のプロジェクトをフィードバックという形で応援し合うのも同じこと。僕はよく『仲間とつくる現実は、自分の理想を超えていく』と言います。一人でやれることはタカが知れている。でも想像力は周りから借りることができる。借りた方が自分で思っていた以上のことができるのだから、どんどん借りようよと」

脱線から生まれた『進化思考』

今、英治出版が目指しているのは階層的組織ではなく、目的に向かってリーダーシップをシェアする「シェアードリーダーシップ」の組織。プロデューサーだけでなく、全メンバーがなにがしかのリーダーシップを目的のためにシェアしている状況を理想としている。一方で原田氏自身が発揮したいのは「サーバントリーダーシップ」だという。トップに君臨して組織全体を強力に引っ張るのではなく、メンバーが最大限の力を発揮できるような環境を作り、下から支えるリーダーだ。

「組織の中ではたくさんのシチュエーショナルリーダー(状況ごとのリーダー)を生み出したいし、同時に僕自身の自分らしさはクリエイティビティーにあるので、それも組織でシェアしたいと思っています。クリエイエティビティーは既存のものが新しく結合することから生まれます。そういう偶然は、目的に沿っていたら起きない。だから余白やエラーを作ること、脱線することが僕の役割だと思っています」

原田氏の「脱線」がもたらすものは、社内にとどまらない。4月の発刊直後から話題となり、第30回山本七平賞を受賞した『進化思考』という本がある。出版元の「海士の風」は島根沖に浮かぶ離島、海士町(あまちょう)で2019年に立ち上がった出版社だ。英治出版はその設立に出資者として関わり、第1弾となった『進化思考』も原田氏と「海士の風」の代表取締役である阿部裕志氏、著者でデザイナーの太刀川英輔氏の3人の偶然の出会いから生まれた。

出会いの場となったのは、リクルートのじゃらんリサーチセンター主催の「コクリ!プロジェクト」。企業や行政、NPOなど様々な領域で働く人々が集まり、コ・クリエーション(共創)を生み出し、地域や社会に「大転換」を起こそうとする取り組みだ。

以前から原田氏は、個人的に「コクリ!プロジェクト」に何度も参加。18年に同プロジェクトのキャンプで阿部氏と太刀川氏とたまたま同じグループになった。その際、「お互いがお互いになりきってアドバイスし合う」というセッションがあり、3人で話をしているうちに、「お互いの夢をかなえるためには、太刀川氏が『進化思考』を阿部氏・原田氏が関わる出版社『海士の風』から出したらどうか」と盛り上がり、同書の出版プロジェクトが始動した。

本の完成まで2年かかったが、同書は3300円という高価格にも関わらず、発売1カ月で3万部売れるヒットになった。また17年に海士町で開かれた「コクリ!海士プロジェクト」への参加をきっかけに、原田氏は翌年から1年半、妻と次男とともに海士町に移住。離島から会社を経営するという大胆な実験にも挑戦することになった。

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